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「新聞配達、高卒、子会社採用」……森保一新監督のコツコツ人生

会見でのガッツポーズも控えめな森保一新監督

 サッカー日本代表の新監督に、代表OBでJ1サンフレッチェ広島元監督の森保一氏(49)が就任した。

「西野ジャパンがロシアW杯で健闘したことで『現体制の継続』を望む声が協会内部で強かったと聞いています。コーチとして西野朗監督を支え、今後世代交代を押し進めていくには五輪代表の監督が適任だと森保さんで一本化されたわけです」(スポーツ誌記者)

 愛称はポイチ。現役時代は「ドーハの悲劇」を経験した1人で、守備的MFが日本で「ボランチ」と呼ばれるきっかけをつくった選手だ。しかし、華やかな経歴を誇っていたわけではなく、かなりの苦労人であった。

「小学生の頃は新聞配達で家計を助けたり、長男としてよく弟や妹の面倒を見ていたりしたとか。長崎日大高時代は全国的に無名。高校の監督とマツダの今西和男さん(当時強化部長)が知り合いだったことで視察をお願いし、当時マツダのコーチを務めていたハンス・オフトさんも長崎までやって来たそうです。

 視野の広さやゲームを読む力など伸びしろを期待されて入団が決まったとはいえ、ほかの新人とは違って本社に入れず、子会社のマツダ運輸での採用でした。2年間は出番がなく、それでもコツコツと努力して3年目から出場機会を勝ち取っていきます。周りを助けるプレーが何よりの持ち味。オフトさんが代表監督に就任してからは代表に招集され、重宝されました」(サッカーライター)

 指揮官としては広島で3度も日本一に導いた。毎年のように主力を引き抜かれながらも我慢強く、一体感あるチームをつくった。

 日本人の代表監督と言えば、大卒エリートが多かった。早大卒の西野、岡田武史、関西学院大卒の加茂周……。高卒監督は同じくマツダOBの石井義信氏(故人)以来、実に30年ぶりとなる。

「ロシアW杯の直前で解任されたハリルホジッチ監督の指導は選手に厳しく要求していくタイプでしたが、森保監督はまさしく協調型です。性格も実直で人望が厚い。その反面、忘れ物が多くておっちょこちょいなところもある。愛されるキャラクターの持ち主です」(同前)

 地道にコツコツと、我慢強い日本代表をつくり上げていくことになりそうだ。