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「暴投だ!」 松山商“奇跡のバックホーム”。練習なら「やり直し」のプレーだった【夏の甲子園100回! ベストシーン】

1996年 松山商6-3熊本工

2018/08/20

今年で第100回を迎えた“夏の甲子園”。
その 100年を超える歴史は名勝負の歴史でもあります。波乱・衝撃、旋風、怪物、ライバル、そして大逆転・・・・・・。
「甲子園」というフレーズだけで、さまざまな場面がよみがえってきます。
そのなかから、もう一度振り返りたい“ベストシーン”をご紹介します。
【1996年(平成8年) 第78回 決勝 松山商[愛媛]6-3熊本工[熊本]】

 

『夏の甲子園 名勝負ベスト100 (文春MOOK)』より

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松山商の事務室に飾られている写真

 松山商の来客を受け付ける事務室の壁には「奇跡のバックホーム」と題した大きな写真パネルが飾られている。ホームベース上のクロスプレーの直後、スライディングしてきた熊本工の三塁走者星子崇が天を仰ぐように両手を広げ、松山商の石丸裕次郎捕手はボールの入ったミットを突き上げて「タッチアウト」をアピールしている。あの試合を象徴するだけでなく、高校野球史に残る珠玉の名シーンだった。

10回裏、タッチアップでホームに疾走する熊本工・星子と阻止する松山商の捕手・石丸 ©文藝春秋

高校野球ファンにとってたまらない「古豪対決」

 古くからの高校野球ファンにとっては、たまらない顔合わせだろう。明治35年創部、昭和44年の三沢(青森)との決勝戦で延長18回引き分け再試合を制して以来となる27年ぶりの優勝を狙う松山商と、大正12年創部、“打撃の神様”川上哲治をエースに準優勝した昭和12年以来、59年ぶりの決勝進出となる熊本工。平成8年夏の甲子園決勝戦は「古豪対決」と呼ばれ注目を集めた。

 初回、松山商が熊本工先発園村淳一の立ち上がりの制球の乱れを突き3安打と押し出し四球で3点を先制。しかし、2回以降園村は立ち直り追加点を許さない。追う熊本工は2回、8回に1点ずつを返し、3-2と1点差で迎えた9回裏。ここから試合は息を呑むような劇的なシーンを繰り返し、甲子園球場には両チームの応援団の悲鳴と大歓声が交錯する。

9回二死走者なしから1年生・澤村が同点ホームラン

 まずは松山商が九分九厘優勝を手中にした9回二死走者なし。マウンド上には完投を目前にした新田浩貴が仁王立ちする。松山商応援席の「あと一人」コールがスタンドにこだまする中、打席に立ったのは、1年生の6番打者澤村幸明。プロ野球に数々の人材を送り込んだ名門熊本工で、1年生のレギュラーは緒方耕一(現日本ハムコーチ)以来12年ぶりだった。無類の勝負強さを持ち、田中久幸監督が「アイツなら何かやってくれる」と期待を込めて打席に送り出した逸材が、予想を超える大きな仕事をやってのける。「ストレートだけを狙っていた」という澤村は、初球、その待っていたストレートをフルスイングし、レフトポール際に飛び込む同点ホームラン。土壇場で試合を振り出しに戻した。