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連載桜庭一樹のシネマ桜吹雪

『バンクシーを盗んだ男』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

ストリートアートの力

2018/08/05

“グラフィティ”とは、建物の壁にスプレーで描かれた落書きの絵のこと。長年、わたしはあれがよくわかんなかったんだけど、「その時々の都市の実感や、人の痛み、世界の様子を“読む”絵」なんだそう。すぐ消されてしまう絵だからこそ、今がわかる、と。そう聞くと、こんどみつけたらジッと鑑賞してみよう、という気になるなぁ。

 さて、この作品は、そんなストリートのアートを巡る、社会派ドタバタドキュメンタリー映画なのだ。

 ある日ロンドンのとある団体が、十四人の西洋人アーティストをパレスチナに送りこんだ。イスラエルとの間にそびえる“分断の壁”を絵で埋め尽くすことで、「壁の存在の意義を世界に問う」ために。

 十四人の中には、革命家とも哲学者とも呼ばれる伝説の覆面アーティスト、バンクシーもいた。彼は、平和と人命救助の象徴として、兵士とロバをモチーフに描いた。

© MARCO PROSERPIO 2018

 ところが、ところが。パレスチナでは、ロバは侮辱の言葉だった。無知だ、いや芸術だと内外で物議を醸す中、地元の男性が、なんと、ロバの絵を壁ごと切り出して、売っ払っちゃった。「奴らがよー、アートなんて商売に、俺たちを利用するならよ、こっちも利用してやるぜっ」利益は教会の修繕費に当てられた。

 そして、この騒ぎによって壁の存在は注目され、意義を問われ続けた。って、あれっ? それって、当初の目的通りってこと?

 アートはもちろんのこと、映画や小説、マンガなどの創作物には、世界の問題を直接解決する力はない。でも、トリックスター(いたずらもの)になって、世界中に問題提起することはできるのだ。

 だから、バンクシーにメッセージを、とカメラを向けられたベツレヘムの市長が、謎めいた笑みを浮かべてこう言ったのも、この事件のそういう本質からのことだろう、とわたしは解釈しました。

「Keepon!(つづけて)」

「Thank you for Everything!(なにもかもありがとう)」

INFORMATION

『バンクシーを盗んだ男』
8月4日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次公開
http://banksy-movie.jp/