昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載高野秀行のヘンな食べもの

缶ビールでアヒル肉を炒める中国の「ビールアヒル」がうまい――高野秀行のヘンな食べもの

2018/08/08
イラスト 小幡彩貴

 五月の初め、中国南部の広西チワン族自治区にある三江という町に行った。

 広西は全体的にアヒル料理が盛んだが、ここも水が豊かで、田んぼに放してのびのび育てた地鶏ならぬ地アヒルをいろいろな方法で食べる。だが「ピー酒鴨(ピージウヤー)」というのは最初見たとき、なんだかさっぱりわからなかった。ピー酒はビール、鴨はアヒル、つまり「ビールアヒル」だ。ビールに合うアヒル料理なのか、ビールみたいな黄金色をしたアヒル肉なのか。

 まあ、この辺の店が勝手に作って名付けたおバカな創作料理なんじゃないかと思って、そのまま忘れてしまった。

 ある日、山間の農村地帯まで車を雇って足を伸ばした帰り、村に一軒だけある食堂で遅い昼食をとることにした。どうせ、大した料理はないだろうと思って訊くと、「ピー酒鴨」という答えが返ってきて「おお!」と驚いたのだ。町の創作系料理じゃなくて、農村にまで浸透している立派な地元料理なのか。訊けば、アヒル肉を炒めるとき、中にビールを入れるという。「何じゃそりゃ?」だ。料理に酒を使うのは世界中よくあるが、ビールは聞いたことがない。中国ならふつう紹興酒や白酒だろう。

 田舎の店なので厨房まで入り込んで手順を見せてもらえた。強烈な強火で鍋の油を熱してから、ぶつ切りにしたアヒル肉のうち、手羽や足など骨の多い方を先にぶち込む。次に残りの半分を入れて、よく炒める。

ホッとしたことに肉は普通に炒める

 かなり炒めてからニンニクとショウガ、さらに、唐辛子、醤油、塩を連続して投入。かなり火が通ってから、女将さんが部屋の奥から持ってきたのは「燕京(イェンジン)」という330ミリ缶ビール。6缶パックが約10元(約170円)という激安ビールだ。

 プシュッという馴染み深い音とともに缶があき、でも女将さんはそれを口にもっていかずに、ドボドボと鍋に流し込んだ。何か、ひじょうに「間違ってる」という感触がぬぐえない。すかさず、蓋をする。このまましばらく蒸す。これは炒め物に酒を使うときの一般的な方法と同じだ。蓋はしても蒸気は外に漏れるので、十分ほどして蓋をあけると、水分はかなり飛んでいる。ざざっとかき混ぜて完成。

この記事の画像