昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

佐久間 文子
2016/03/31

【著者は語る】未知の“詩人”を追った六年半

『その姿の消し方』 (堀江敏幸 著)

source : 文藝春秋 2016年4月号

genre : エンタメ, 読書

堀江敏幸氏

 六年半のあいだにいくつかの雑誌に発表された作品が一冊にまとまると、長篇としての新しい姿を見せた。第二次大戦頃のフランスを生きたルーシェという未知の“詩人”の痕跡を、堀江さん自身を思わせる“私”が探し続ける物語だ。

「最初の一篇は独立した短篇として書きました。書き終えて、何か余るものが体の中にあり、次に短篇を書く機会があると、もう一度、それを咀嚼し直し、新たな一篇を書く。それを少しずつ積み重ねる。時間や空間もあちこち飛ぶので、それぞれがどうつながるか、六、七年書いているあいだに、こういうことなのかもしれない、と少しずつ自分にも見えてきました。それでも、まだ完全に終わってはいないような気がしています」

 フランス留学中に古物市で手に入れた、古い絵はがきに書かれた詩を通して“私”はルーシェを知る。本職は会計検査官だったという彼の足跡をゆっくりとたどりながら、その周囲にいた人たちと、やりとりする中で、彼らのことも深く知るようになる。ルーシェの五編の詩は、“翻訳”のかたちで作中にたびたび引用され、同じ詩篇がそのつど新たなイメージを呼び起こす。

「ルーシェの存在について、うまく説明するのは難しいけれど、ぼく自身は何年もつきあっていますし、“この本の中には確実に存在する人”ですね。ルーシェが気になるという人には、五編しかない彼の詩を、もう一度読み返してほしい、と答えます」

 毎月の連載ではなく、数か月おきにそれぞれの短篇は書かれた。間にはさまれた時間が取り込まれ、作品世界を重層的なものにしている。

「久しぶりに自分の書いたものを読み返すと印象が変わる。なぜあのときこういう解釈をしたのだろう、と自問することも、読む、あるいは書く行為のうちだと考えています。昔からぼくはそうしてきましたけど、最近は、ひとつの解釈しか許さないという人が多いですよね」

 書き始めてから七年の間に東北の大震災があった。堀江さん自身がかつて留学中に経験した、フランスの原子力発電関連企業との奇妙なかかわりも描かれる。

「別の本の中でもほのめかしのようなかたちでは何度か書いているエピソードですが、これほどはっきりとは書いてこなかった。九〇年代に、原発をめぐるいまの状況に結びついていく分岐点があったという思いがあって、それが作品にも反映されている気がします」

その姿の消し方

堀江 敏幸(著)

新潮社
2016年1月29日 発売

購入する
はてなブックマークに追加