昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

武田 砂鉄
2016/12/13

旧国立の壁画13枚 新競技場への移設内定

旬選ジャーナル 11月1日、東京新聞(筆者=森本智之)

source : 文藝春秋 2017年1月号

genre : ニュース, メディア, スポーツ

武田砂鉄氏

 二〇二〇年東京五輪に向けて、「レガシー」というスローガンが方々から聞こえる。かさむ費用やキナ臭い契約までもが、レガシーを作る、という連呼で揉み消されようとしている。そもそもレガシー=遺産を作る、とは何を意味するのか。

 東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会が国際オリンピック委員会本部に提出した「立候補ファイル」にある項目「ビジョン、レガシー及びコミュニケーション」を読むと、「物理的レガシー:東京の新しい中心の再活性化」「重要な社会的及び環境関連の持続可能なレガシー」「スポーツのレガシー及び推進」とある。「持続可能なレガシー」と銘打つからには、当然、一九六四年の五輪を意識していて、前回は「国民が誇りを持ち、団結し、自信を持つターニングポイントとなった」から、今回もまた成功させたいとしている。

 ならばレガシーを重視する態度として、真っ先にかつての五輪を継承するという態度を示すべきだが、肝心の国立競技場は、「現施設を最大限残しつつ改修するべき」という市民グループの提言など見向きもせず、解体を急いでしまった。

 競技場解体にあたり、様々な芸術作品が粗雑に扱われようとしていた事実はあまり知られていない。解体前の競技場には北村西望や長谷川路可などの作品が二十五点ほど点在していた。当初、日本スポーツ振興センター(JSC)は、近現代美術史の貴重な「レガシー」の一部を、あろうことか保存せずに解体しようとしていた。新たなレガシーを作るために、そこにあるレガシーを真っ先に潰そうとしていたのだから呆れる。識者や遺族からの反対を受けて保存される運びとなったが、建設計画そのものが見直されたことで、そのうちの十一枚の壁画について、保存場所が宙ぶらりんになっていた。

 私も昨年、雑誌の取材で新競技場建設に反対する地域住民の声を聞いていた折にこの問題を知り、壁画の作者でもある大沢昌助の孫・昌史氏に話を聞くなどしていたが、今件はどこよりも東京新聞が丁寧に追いかけて記事にしていた。十一月一日夕刊に「旧国立の壁画13枚 新競技場への移設内定」との見出しを読み、安堵した。この度、JSCが設けたアドバイザリー会議が中間報告を公表し、十一枚の壁画が、新競技場の西側の「入場客や周辺の市民らが通行する地下の広場に面したスペースに設置」され、「ひとかたまりで一九六四年オリンピックを記念できるようなコーナー」にする予定となったという。

 だが、一件落着、というわけではない。この場所は五輪の最中にはプレスセンターが設置されることになっており、なんと壁画の設置が五輪以降になる可能性があるというのだ。中間報告の資料を読み込むと、「上記の検討に当たっては、2020東京五輪以降も見据えて行う」とある。新たなレガシー作りに突き進むあまり、そこに残されているレガシーを後回しにするのだとすれば許せない。

 当該の記事にある大沢昌史氏のコメント、「前回五輪の遺産として世界中の人に壁画が見てもらえるよう二〇二〇年より前に移設することをずっと要望してきた。具体的な場所が決まったのはうれしいが、設置が五輪後になると残念だ」に静かな怒りを感じる。

 勢い任せにアクセルをふかした見切り発車が、一人一人の声やこういった遺産を弾き飛ばしているように思える。メディアの多くがこのレガシー作りとやらに無批判に参加し始めているが、やることになったから仕方がない、ではなく、こういった辛抱強い記事を期待したい。

はてなブックマークに追加