昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「俺たちは引き立て役か」 横浜・松坂大輔が明徳を追い詰めた“残酷なサヨナラ劇”【夏の甲子園100回! ベストシーン】

1998年 横浜7-6明徳義塾

2018/08/18

今年で第100回を迎えた“夏の甲子園”。
その 100年を超える歴史は名勝負の歴史でもあります。波乱・衝撃、旋風、怪物、ライバル、そして大逆転・・・・・・。
「甲子園」というフレーズだけで、さまざまな場面がよみがえってきます。
そのなかから、もう一度振り返りたい“ベストシーン”をご紹介します。
【1998年(平成10年) 第80回 準決勝 横浜[神奈川]7-6明徳義塾[高知]】

 

『夏の甲子園 名勝負ベスト100 (文春MOOK)』より

◆◆◆

 甲子園に「奇跡の逆転」と呼ばれる試合は数々あるが、この試合は、その中でも屈指の劇的な幕切れとなった。春夏連覇の偉業を目前にした横浜と、それを阻止すべく立ち塞がった明徳義塾の一戦である。

前日PL学園戦で17回250球を投げた松坂

 試合前、明徳義塾の馬淵史郎監督は、「松坂が投げんと面白くないな」と嘯(うそぶ)いてみせた。予想通り、横浜は前日の準々決勝PL学園戦で延長17回250球を投げたエース松坂大輔が先発を回避する。横浜の渡辺元智監督にとっては苦渋の決断だった。

 球数の問題だけではない。松坂の将来を考え、大会前から「4連投はさせない」と確認しあっていた。だから3回戦から決勝戦まで4連戦になれば、どこかで“投げない日”を作らなくてはいけない。それが、この準決勝だった。ただ、明徳義塾は1回戦から4試合連続2桁安打で29得点と打線好調。前日の準々決勝でも関大一(大阪)の久保康友(元阪神ほか)を打ち崩し、11-2と大勝している。ならば打ち合いを挑もうにも、左腕寺本四郎(元ロッテ)とサイドスロー高橋一正(元ヤクルト)という強力な二人の投手がいて、大量得点は計算出来ない。「とにかくゲームを作ってくれ」と、祈るような気持ちで2年生左腕袴塚健次を先発のマウンドに送った。

明徳義塾の先発は寺本四郎。この年ドラフト4位で千葉ロッテに入団 ©文藝春秋

8回表まで6点の大量リード、明徳の勝利濃厚と思われた

 袴塚は3回まで毎回安打を打たれながらもなんとか無失点で切り抜けてきたが、4回表、9番倉繁一成のタイムリーで1点を先制される。そして続く5回表、先頭の1番藤本敏也にレフトへのソロ。走者を置いて5番谷口和弥にもレフトに2ラン。一気に3点を失いマウンドを降りる。替わった同じ2年生の斉藤弘樹も、6回表に2番津呂橋昌史のライトへの三塁打、8回表には1番藤本のサイクルヒット(大会史上4人目)となるレフトへの三塁打で1点ずつを失う。小刻みに得点を重ねた明徳が6点の大量リードを奪う。

 明徳の先発は寺本。制球力に不安があると言われた寺本だったが、この日は最高のピッチングを見せた。持ち前の球威に加え、2回戦の金足農(秋田)戦で右足を捻挫したことで逆に力みが消え制球が安定。7回を終わって、横浜打線をわずか3安打無失点、7奪三振。まさに付け入るもない内容だった。