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佐久間 文子
2016/09/29

【著者は語る】犯罪史に残る「あの事件」の本質に迫る

『罪の声』 (塩田武士 著)

source : 文藝春秋 2016年10月号

genre : エンタメ, 読書

塩田武士氏

  勝負を賭けた自信作である。

「藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』を読んで小説家をめざしたのが十九歳のとき。『罪の声』の着想を得たのは二十一歳、大学の食堂でグリコ森永事件関連の本を読んでいたんです。犯行に子供の声が使われたことを知り、ああこの子はぼくと同じぐらいの年で、同じ関西やからどこかですれ違ってるかもしれん。ひょっとしたら、この大学におるかも……って想像したら鳥肌が立って、『これは小説になる』と思いました」

 自分には小説を書くだけの人生経験がない。そう思って新聞社に入り、記者生活のかたわら、小説を書いては投稿を続けた。満場一致で小説現代長編新人賞を受けた『盤上のアルファ』でデビューしたときは三十一歳になっていた。新聞社の十年間で手元に残った取材ノートは約百冊。すべてに目次をつけ、いつでも参照できるようにしてあるという。

「家から古いテープが見つかり、録音されているのが事件に使われた音声で、それが自分の声だと気づく。プロローグのアイデアを誰かが思いついてしまうんじゃないかとこの十五年、ハラハラし通しでした。『グリ森』の模倣犯みたいな事件が報じられると、『余計なことして刺激すんなー』とテレビに怒ったりして」

『罪の声』には主人公が二人いる。自分の声が使われていたと知り、(小説では「ギン萬」事件とされる)事件と家族とのかかわりを探る俊也と、未解決事件を特集する取材班に駆り出された全国紙文化部記者の阿久津。ともに三十六歳の二人は、いつしか追う者と追われる者の立場となって互いを知る。

 書くにあたっては徹底的に資料にあたり、資料がない部分は当時、取材した新聞記者に一つひとつ確認した。事実と事実のわずかなズレに気づいた塩田さんが、「キツネ目の男」に関して組み立てた大胆な仮説も導入して真実に迫る。緻密なノンフィクションの部分と、子供たちのその後をたどる小説にしか描けない部分がみごとに融け合い、犯罪史に残る企業恐喝事件の本質を浮かび上がらせる。

「話を聞かせていただいた『ミスターグリ森』と呼ばれた記者の方に、『ぼくら担当した記者が酒飲んで最後に話すのは、あの子供どうしてるんだろうということ。よく書いてくれた』と言われたのはうれしかったですね。いまの作家が事件を掘り起こす意味はそこだと思うので」

 あの時の子供も、どこかで『罪の声』を読むかもしれない。

罪の声

塩田 武士(著)

講談社
2016年8月3日 発売

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