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ダルビッシュ有17歳、平安・服部大輔との「計32奪三振」の投げ合い【夏の甲子園100回! ベストシーン】

2003年 東北1-0平安

2018/08/16

今年で第100回を迎えた“夏の甲子園”。
その 100年を超える歴史は名勝負の歴史でもあります。波乱・衝撃、旋風、怪物、ライバル、そして大逆転・・・・・・。
「甲子園」というフレーズだけで、さまざまな場面がよみがえってきます。
そのなかから、もう一度振り返りたい“ベストシーン”をご紹介します。
【2003年(平成15年) 第85回 3回戦 東北[宮城]1-0平安[京都]】

 

『夏の甲子園 名勝負ベスト100 (文春MOOK)』より

◆◆◆

 若生正広監督率いる“北の強豪”東北は、2年生エース・ダルビッシュ有(現カブス)を擁し、深紅の大優勝旗の初の「白河の関越え」を目論んでいた。

服部は中学時代からのライバル

 対する夏の甲子園出場29回の“西の古豪”平安・原田英彦監督も、2年生エース、左腕服部大輔の力投で、強豪の日大三(東京)や明徳義塾(高知)を撃破して勝ち上がり、長らく遠ざかっている日本一を意識していた。

 ダルビッシュと服部は中学時代、ボーイズリーグでしのぎを削ってきた関係。お互いにライバル意識を持っていた。ダルビッシュは大阪・羽曳野ボーイズ、服部は京都ファイターズ(現京都嵯峨野ボーイズ)に所属。その当時の対戦は服部の1勝1分けだった。

 高校に進学後、互いに1年生の秋の地方大会を勝ち抜き、明治神宮大会では準々決勝で対戦。東北が大沼尚平の本塁打などで2-0とし、ダルビッシュが投げ勝っている。

甲子園には2年春夏、3年春夏と4度出場したダルビッシュ ©文藝春秋

お互い譲らない連続三振ショー

 そして迎えた甲子園の大舞台。2人の対決は1勝1敗1分け。4度目の勝負は平安の攻撃から始まった。

 ダルビッシュは初回、先頭打者をレフトフライに打ち取ると、2番3番を連続三振。一方の服部も先頭打者を四球で歩かせた後、3番4番を連続三振に斬って取る。無意識のうちに競い合っている2人。試合は大方の予想通り投手戦となった。

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