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【新書の窓】神の意志と人間の葛藤

『ゲノム編集とは何か』『競馬の世界史』『集合住宅』『ルポ保健室』『ドナルド・トランプ』

source : 文藝春秋 2016年11月号

genre : エンタメ, 読書

不自由で非効率だった遺伝子組み換えの世界に「ゲノム編集」が巨大な革命をもたらす――。小林雅一『ゲノム編集とは何か』(講談社現代新書)は、最新鋭技術・クリスパーを中心に、その実像や社会への影響を明らかにしていく。あらゆる動植物のDNAを、速く、安く、正確に操作できるクリスパーによって「肉量を大幅に増やした家畜」や「腐りにくい野菜」がすでに開発されていると聞くと、「神の技術」を手に入れた人類の行く末に思いを馳せざるをえない。

 人と馬との営みを競馬という文化を通して読み解くのは、本村凌二『競馬の世界史』(中公新書)だ。馬は食用、運搬利用、軍事利用を経て、競技に発展し、見世物として民衆から熱狂的に受け入れられていく。一七六四年に誕生し、現在の約九割のサラブレッドにその血が入るという伝説的名馬「エクリプス」の存在など、人為的遺伝ともいえる血統を中心とした競馬の歴史は、レースのような手に汗握る興奮が味わえる。

 ファシズムへの抵抗勢力の拠点になったウィーンの「カール・マルクス・ホフ」など、ヨーロッパには二十世紀前半に建てられ、今なお居住者のいる集合住宅が数多くある。松葉一清『集合住宅』(ちくま新書)は、モダニズムの洗礼を受けた建築家らが設計した多様な住宅の歴史と、集合住宅が「貧困に苦しむ労働者とその家族に快適な住居を提供したい」という建築家のユートピア思想の表現であることが丹念に紹介されている。

 秋山千佳『ルポ保健室』(朝日新書)は、子供たちに降りかかる問題を保健室と養護教諭の視点からまとめた一冊だ。教室にも家庭にも居場所がない子供にとって保健室は“水際”。その部屋の中で垣間見える現実は読んでいて息苦しいほどだ。家族から肉体的、精神的、性的に虐待を受け、「(母親を)殺してしまいたい」と漏らす女子中学生、彼女と必死に向き合う養護教諭。悲鳴が響く保健室から目をそむけてはならない。

 佐藤伸行『ドナルド・トランプ』(文春新書)は、十一月のアメリカ大統領選挙を控えたいまこそ読むべき一冊だ。「偉大なアメリカ」の実現を訴える点などで、「トランプが意識的にレーガンを模倣している」と指摘した上で、ベルリンの壁を壊せと言ったレーガンと、メキシコ国境に壁をつくろうとするトランプを対比させ、「壁を崩す者と壁を築く者の違いは大きい」と喝破する。また、彼の繰り返された結婚・離婚劇の詳細な検証からは、「本当は細心で神経質」なトランプ像が浮かんでくる。(走)

集合住宅: 二〇世紀のユートピア (ちくま新書)

松葉 一清(著)

筑摩書房
2016年8月4日 発売

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ルポ 保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル (朝日新書)

秋山千佳(著)

朝日新聞出版
2016年8月10日 発売

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