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佐久間 文子
2016/10/20

【著者は語る】危険な海へと彼らを駆り立てる「文化」とは

『漂流』 (角幡唯介 著)

source : 文藝春秋 2016年11月号

genre : エンタメ, 読書

角幡唯介氏

山岳や極地での自身の冒険を本に書き、数々の賞を受賞してきた探検家が、今回初めて「漂流というテーマで書いてみませんか」という編集者の提案を容れて取材に着手した。

「いろいろな企画をいただいてもぜんぶ断ってきたんですが、もともと海に強い関心があったことと、自分以外のことを書いてみたい欲求もあって、自分なりにテーマを見つけて書いてみようと思ったんです」

 数多くある漂流事案の中で着目したのは、一九九四年、フィリピン、ミンダナオ島沖合で三十七日間、漂流した沖縄の漁船が、日本人の船長とフィリピン人乗組員全員で奇跡の生還を果たしたケースだった。船長だった本村実さんの家を突き止め取材依頼のため電話すると、本村さんは二〇〇二年にグアムで再び漂流、いまも行方不明という驚くべき事実に突き当たる。

 彼はなぜ危険を冒し、海に戻ったのか。それだけでも作品の太い柱になるところを、角幡さんは、本村さんの出身地である宮古列島・伊良部島の独特の海洋文化を掘り起こし、漂流地点のフィリピンや、マグロ船に乗り込んでグアムにも渡って取材の視野を広げる。

「漂流が表に現れた事象だとしたら、その裏に何か太くて深いものがひそんでいて、日本文化にも影響を与えていたりするのではないか。それが何かは具体的にはわからないまま、そうした背景も描こうと初めから考えていました」

「池間民族」と呼ばれる人々の歴史やダイナマイト漁などを取材するうち、多くの人が海で命を落とし、それを周囲も特別視しない不思議さに気づく。

「現代人の常識からかけ離れた『命の軽さ』のようなものを感じたんですね。自分を含めた人間がいま生きている社会の軽薄さの対極にある、すごく濃い、混沌とした世界に魅了されたし、探検や冒険をしてきた自分だからこそ、欺瞞なくそういうことも書けたかな、と」

 漁師たちは総じて口が重い。道なき道を踏査するように、粘りづよく時間をかけて、言葉を拾い集めていった。最初の漂流で報道された「フィリピン人船員が日本人船長を食べようとした」という事件が、冗談ではなく事実としてあったことも明らかにしている。

 十月末には、極夜探検の再チャレンジのため北極圏へと向かう。

「今度は、最低半年はいたいと思っています」

漂流

角幡 唯介(著)

新潮社
2016年8月26日 発売

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