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たった1年で「謎の退任」 三菱UFJ銀行・前頭取に直撃取材

「昨年5月18日の全国銀行協会の会見後に入院、そのまま退任となりました。たった1年間でのスピード退任の理由について体調不良という説明しかなく、様々な憶測が飛び交いました」(経済部記者)

 昨年5月、「異例の退任劇」を演じたのは三菱UFJ銀行の小山田隆・前頭取(62 現・特別顧問)だった。

「異例の退任劇」を演じた小山田隆・前頭取 ©AFLO

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 経済部デスクが明かす。

「重病説も囁かれましたが、原因は過度の心労です。在任当時、三菱UFJフィナンシャル・グループ(FG)の平野信行社長(66)の主導で、行名を『三菱東京UFJ銀行』から『MUFG銀行』に変える案が出ました。しかし永易克典FG前会長はじめ旧三菱銀行出身の長老たちが『三菱の名前をなくすのか』と反対。行名から名前が消えた旧東京銀行OBからも相当な反発があった。また、三菱UFJ信託の法人融資部門の銀行への統合もやはり信託側が猛烈に抵抗しました。平野さんが小山田さんを盾に構造改革を進めたことで精神的に参ったと言われています」

FGの平野信行社長 ©共同通信社

 別の記者が語る。

「FGの平野さんは、小山田さんに対して、『ヤサ男過ぎる』ともどかしさを感じていた。平野さんは頭が切れ、押し出しも強いタイプで『宇宙人』と呼ばれている。あるマスコミ参加の会合で経営について問われ『レガシー(遺産)をぶっ壊す』と答え、周囲を驚かせたこともあります。

 対して小山田さんは仕事を1人で抱え込むところがあるなど、平野さんとは正反対のタイプ。経営判断も副頭取や専務、常務に任せていいものまで全て自分で目を通す。睡眠時間もかなり少なかったはず。外国人が加わる会議が英語で行われるため、それもストレスだったと思います」

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