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適菜 収
2016/09/20

ネットのバカ 現実(リアル)のバカ 「承知しました」

旬選ジャーナル 週刊ポスト8月12日号(筆者=中川淳一郎)

source : 文藝春秋 2016年10月号

genre : ニュース, メディア

適菜収氏

『週刊ポスト』の中川淳一郎(ネットニュース編集者)と呉智英(評論家)の交互リレー連載「ネットのバカ 現実(リアル)のバカ」が面白い。八月十九・二十六日号では、呉が政治と音楽の関係について書いていた。フジロックフェスティバルに安保関連法案反対運動の中心メンバーが出演したことに巷では批判の声があがったが、「音楽に政治を持ち込んで何が悪いのか、私にはよく分からない」「事実『悪い政治』を持ち込んだ感動的な名曲は歴史上枚挙にいとまがない」。これはその通り。

 でも、呉とは面識があるし、追従(ついしょう)だと思われると嫌なので、八月十二日号の中川コラム「若者に突如蔓延した『承知しました』の不気味さ」を採りあげることにした。こちらもいい。喉に刺さっていた小骨が取れたというのか。なにしろ、当の私が違和感を覚えながらも「了解しました」という言葉を「承知しました」に切り替えていたからだ。

 中川はこう説明する。

 ここのところビジネスメールにおいて「了解しました」という言葉が廃れ、「承知しました」が主流になってきた。「了解」には尊敬の念が含まれていないので目上の人間に使ってはいけないという話がSNSなどを介して一気に広まった結果、中川周辺のIT系・編集系の分野では一斉に「承知しました」を使うようになったと。

 中川はこれを「毒蝮三太夫現象」と呼ぶ。毒蝮はラジオ番組の中継で老人に「ジジイ」「ババア」「さっさとくたばれ」と罵詈雑言をぶつける。普段からそのラジオ番組を聴いている老人は大喜びする。それが愛情の裏返しであることがすぐに分かるからだ。しかし毒蝮と老人の関係性を察知できずに、「口汚い」「けしからん」「降板させろ」と局にクレームをつけるリスナーもいる。

「承知しました」にも同じ問題が透けて見える。「了解」に尊敬の念が含まれてなかろうと、個々の関係性において(「分かりました」「はーい」などと)使い分ければいいのであり、杓子定規に判断すると人間関係の機微が分からず原則論だけで文句を言う一億総クレーマー社会が完成する、と。

 その通りだ。丁寧すぎるメールも、場合によっては無礼になる。しかし弁解するようだが、「了解」という言葉にも不気味さは染み付いていた。何を言っても「了解ーっす」と変なイントネーションで返事を寄こすバカはいたのだ。私の偏見かもしれないが、汐留あたりで社員証を首からぶらさげてランチ食っているような連中が使っていそうな感じ。だいたい自分の名前を晒しながら外を歩く感覚がわからない。それで「承知」に飛びついてしまった。

 そういえば、「ご苦労様」という言葉を目上の人間に使うのもNGとのこと。「おつかれさま」ならOKらしいが、この言葉にも人を腹立たせるなにかが含まれている。高田馬場駅前あたりでコンパ帰りの学生が、「おつかれさまでーす」とかやっているのを見ると、「ケッ」て思うよね。

 われわれは言葉の管理に自発的に従うようになっているのではないか。その「不気味さ」をきちんと指摘してくれる人はいい。こういう物書きが少なくなったなと思っていたら一人いた。呉智英である。大衆社会と「言葉の扱い」の問題を、世間の反発を買うのを承知の上で指摘する。ネットに転載されていたこの中川コラム。著者近影の風貌は、呉に接近しているように思われた。目つきは精悍だし、前髪も薄くなってきた。この先、呉の後継者になるのではないか。