昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

モンゴルに帰った日馬富士はいま 小中一貫「日馬富士学校」が大人気

 モンゴルの首都・ウランバートル郊外。チンギスハーン国際空港から市街地へ向かう道中に、真新しい校舎が現れる。今年9月に開校予定の小中一貫私学「新モンゴル日馬富士学校」だ。

◆ ◆ ◆

 昨秋、暴行事件を起こして角界を去った元横綱・日馬富士(34)。引退後は、伊勢ヶ濱部屋のコーチに就任しているが、その近況を部屋の関係者が打ち明ける。

「今年7月、モンゴルから帰国して部屋の名古屋場所千秋楽パーティーには顔を見せましたが、すぐにとんぼ返りしました。現在、日馬富士が最も力を入れているのは母国の教育事業。自ら出資した学校の開校が、9月1日に控えています」

母国の教育事業に力を入れる日馬富士 ©共同通信社

 日馬富士と10年来の親交がある蓮華院金剛寺(広島市)座主の木原秀成さんが振り返る。

「自費で学校を作りたいと打ち明けられたのは、一昨年の九州場所の頃。日本のよいところを母国の教育にも活かしたいと、熱く語っていました。モンゴルで教職に就いている横綱・鶴竜関のお父さんにも相談に乗ってもらっていたようです」

 ところが、校舎の建設が始まっていた昨年、件(くだん)の暴行事件が発覚。開校も危ぶまれた。

 モンゴル在住の教育関係者が振り返る。

「ウランバートルにはもともと、日本式教育で大人気の私学グループ『新モンゴル学園』がある。3年前、そこに日馬富士が共同事業として、理念を同じくする系列校設立を持ちかけた。3度目の交渉で理事長を口説き落とした日馬富士は、土地購入や建築の費用を自分で賄い、計画は順調に進んでいた。その最中に事件が起きたが、日馬富士から連絡を受けた理事長は『あなたを信じる』と一言。強い信頼関係ができており、開校計画は頓挫しなかった」

 日馬富士は、06年に警察官の父親を交通事故で亡くして以降、日本の自治体から譲り受けた救急車を母国に寄贈し続けるなど、慈善活動に熱心な力士としても知られていた。

「それだけに去り方は残念でしたが、日馬富士学校の生徒募集には10倍の応募があったそうです」(同前)

この記事の画像