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【鼎談書評】なぜ祖国での評価が高いのか

『ビル・クリントン 停滞するアメリカをいかに建て直したか』 (西川賢 著)

source : 文藝春秋 2016年10月号

genre : エンタメ, 読書, 国際

 

後藤 先日友人のアメリカ人に評判のいい大統領は誰か尋ねたところ、「最近では、やっぱりクリントンだ」と言われたことがありました。私はどうも、モニカ・ルインスキーとのスキャンダルの方が印象的で(笑)、実績はよくわからない。「クリントンとは何者か」を知りたく思い、この本を手に取りました。概略がコンパクトにまとめられ読みやすかったですね。彼が大統領の座にいた90年代は、アメリカにとって内政の時代です。赤字に苦しむ財政を建て直し、退任時に2360億ドルの財政黒字を達成した業績は確かに評価に値します。ほかにも銃規制を強め、無保険児童への医療制度を創るなど、現代のアメリカ社会に切実な改革をいくつか積み重ねてきた。

 もうひとつの感想は、彼はとても運がいい人だと思えることです。テロの時代へと突入して行く「9・11」が起こる2001年の1月に退任しているんですね。財政赤字の脱却は、いわゆる「ドットコム・バブル」にも助けられている。大統領に必要な要素はさまざまありましょうが、運というものも欠くことはできないのかもしれません。

片山 もうクリントンの評伝が出る時代になったんですね(笑)。時間が経つのは早い。クリントン政権は、冷戦構造が崩壊し、アメリカが大国として世界を支配し続けるという幻想をまだ抱くことができた時代に重なります。その幻想は「9・11」で木っ端みじんに破壊されるわけですが、その点において、クリントンは「いい時代のいい大統領」だった。まさに、運がいい(笑)。アメリカ人が願う「強き善きアメリカ」の体面がまともに保てていた時代の最後の大統領がクリントンなのでしょう。

山内 クリントンが父ブッシュことジョージ・ブッシュと、最大のライバルと言われたロス・ペローを破った92年の大統領選挙を、私は客員研究員として滞在していたハーバードで見ていました。3期にわたって政権から遠ざかっていた民主党が久しぶりに政権を奪回しそうだと、教授陣はひじょうに盛り上がっていました。ジョセフ・ナイと「クリントンが政権を取ると、今後の中東政策はどうなるんだ?」と議論したことをよく覚えています。

 ところが残念なことに、クリントンの中東政策はパッとしなかった。「9・11」の萌芽はクリントン時代に生まれています。93年、ニューヨークの世界貿易センタービルが爆破され、6人が死亡。98年にはケニアとタンザニアでアメリカ大使館が標的となり、257人が死亡。どちらもアルカイダが関与しています。バーガー国家安全保障問題担当補佐官が97年頃に「テロは頭から離れない問題と化していた」と言うように、すでにテロの時代は始まっていた。ところがクリントンは、合衆国大統領として戦略的にどう対峙するのか明確なメッセージは発していない。暢気なのです。私でさえ帰国後すぐ『イスラムとアメリカ』という本を書いたのですがね(笑)。

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