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連載高野秀行のヘンな食べもの

中国発、豚の生の血の和え物――高野秀行のヘンな食べもの

2018/08/22
イラスト 小幡彩貴

 中国南部の広西チワン族自治区の町、三江。そこは「紫血」という、料理名に思えない不思議な食べ物が存在した。聞けば、「生の豚の血の和え物」だという。本当は「豚血(ジュシュエ)」なのだが、これではあまりに外聞が悪いので、似た発音である「紫血(ズシュエ)」に呼び名を変えたとか。

 私と、同行していた大学探検部のヤマダ先輩はこれを「血豚」と勝手に名付けた。

 町でも血豚が美味しいことで知られるレストランに行くと、「これはちょっと特別な料理だから予約がないと出せない」と言われた。血を市場に買いに行く必要があるという。そこでその場で翌日分を予約した。料理の場面も見学させてもらうことにした。

 当日の昼、店を再訪したが、二人してなんだか気が重い。やっぱり豚の生血はあんまり食欲をそそられない。とても美味そうに思えないし、生の豚は病原菌や寄生虫の宝庫として知られる。

 でも行かないわけにはいかない。店を訪れるとオーナーシェフの秋(チウ)さんとその家族が用意して待っていた。まず豚ロースの塊を青椒肉絲の肉くらい細かく刻む。それから中華鍋に油を入れ、強火で炒める。「ああ、肉は生じゃなくて炒めるのか」と少しホッとした。秋さん曰く「昔は生肉で食べたけど、今はたいてい火を通すね」。まあ、衛生面を行政から指摘されたのかもしれない。

 さらにパクチー、唐辛子、生姜、ドクダミの根を細かく刻み、鍋に投入。一緒に炒める。炒めた肉とハーブ類はボウルにあける。

 ここからが凄い。次に冷蔵庫から黒いビニールを取り出し、それを金だらいに空けた。真紅の血。大きな塊が二つ浮いているので、肝臓かと思いきや、血が凝固したものらしい。肉のボウルにたらいの血をザバザバ入れる。その量、なんと一リットルほど。真っ赤な血の海に肉とハーブ類が沈んでいく。「血をちょっと垂らすぐらいかな」という私の願望も一緒に沈んでいく。「日本人の95%はこれ食えんやろうな」とヤマダ先輩。南米からアフリカまで世界中を旅して、それこそ私以上になんでも食べてきた先輩すら「珍しく抵抗を感じる」という。

豚の生の血

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