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観光産業の“痛いところ”を突く外国人の提言

『国宝消滅 イギリス人アナリストが警告する「文化」と「経済」の危機』 (デービッド・アトキンソン 著)――鼎談書評

source : 文藝春秋 2016年5月号

genre : エンタメ, 読書

 

増田 「2040年までに896の自治体が消滅する」。一昨年、私が座長を務める日本創成会議がこう予測をしたように、人口減少は日本経済が抱える喫緊の課題の一つです。本書は、放っておけば縮小する日本経済を救うのは観光業であり、その中で文化財がいかに重要な役割を担うかについて述べています。

 著者のアトキンソン氏はイギリス人。日本在住25年、元ゴールドマン・サックス金融調査室長で、現在は300年以上の歴史を誇る、文化財修復を手がける企業の社長をしている人物です。彼の文化財行政に対する指摘は非常に鋭い。〈勝手に見物をしてくださいというスタンス〉〈建築関連の情報が盛りだくさんなことに対して、(略)どのような歴史ドラマが展開されたのかという情報は、驚くほど少ない〉。外国人ならではの視点で“痛いところ”をズバリ突いているのです。

山内 人口減少によって税収入も減ることが避けられない以上、〈観光大国になる潜在力がある〉日本は、国庫を乏しくしないために〈観光業界をもっと「産業化」する〉必要があり、〈今までの「保護」を中心とした文化財のあり方を考え直す時期〉が来た――。著者の論点は明快ですね。彼は日本の文化政策を厳しく批判していますが、私は日本文化に対する「愛」を感じました。彼は自身が暮らす京都の美しい街並みも失われつつあると書いています。その“痛ましさ”を日々感じているからこそ提言に説得力があるのでしょう。

片山 多くの日本人は文化財について「観光客があまり来なくても、綺麗に保たれていれば良いじゃないか」という発想をしていますよね。本書が一例として挙げているのが、東京・目黒区にある旧前田侯爵家駒場本邸。〈家具がわずか数点あるだけ〉で、邸内の説明には、〈どのような生活が営まれていたという視点が、あまりにも少ない〉。確かにこれだけでは、外国人観光客には何だか分からないでしょう。

居酒屋になった「池田屋」

山内 外国人からすると、やはり、日本人の「文化観」は奇妙なのかもしれません。

 歴史を学んできた私でも、京都を歩いてガックリすることがありますよ。例えば、豊臣秀吉の北政所・ねねに与えられた高台寺の塔頭の一つの月真院。幕末に禁裏御陵衛士になって新撰組を脱した伊東甲子太郎(かしたろう)らが屯所を構えた寺ですが、行くと正面横に駐車場があり、観光客も含めた車がたくさん停められているので風情がない。また、新撰組が攘夷派を襲撃したことで知られる池田屋の跡地は、全国チェーンの居酒屋になっています(笑)。

片山 海外では観光名所とセットで、当時を彷彿とさせるイベントが準備されていることも多いですよね。英国のバッキンガム宮殿で行われる衛兵交代式などは典型。日本人は、例えば京都の太秦映画村の忍者ショーなどを「バカバカしい」と決めつけてしまいますが(笑)、観光戦略を考えると、日本中をテーマパークにしてしまうくらい割り切って考える必要があるのかもしれません。

増田 日本が誇る素晴らしい文化財は、全国各地にある。しかし、京都のような国際的に有名な街は良いのですが、それ以外の地方の文化財は外国人観光客に気付いてもらえないのが現実。どのようにアプローチしていくかは、今後、地方自治体の大きな課題となるでしょうね。

山内 増田さんが知事を務めておられた岩手県で言えば、奥州市水沢にある木村榮(ひさし)博士の緯度観測所などは、観光地になりませんか?

増田 地球の緯度変化を導き出す計算式「Z項」の発見という木村博士の功績は、岩手県として讃えるべきだと思いますね。私は在任中、観測所をもっとオープンにして展示するべきだと考えていました。今は、「国立天文台水沢VLBI観測所」として、地元の小学生も見学に行っているみたいですよ。

山内 観光と子どもの夢を同時に育てることになる。

片山 北海道から沖縄まで日本の観光資源は本当に豊富です。また、「温泉」という外国人にとって非常に魅力的な施設も各地にある。こうした“強み”と文化財を横断的にコーディネートできる観光産業が求められているのでしょう。

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