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池上 彰
2016/07/14

「貧困」という妖怪

『この国を揺るがす男』『日本会議の研究』『マッカーサーと日本占領』ほか

source : 文藝春秋 2016年8月号

genre : エンタメ, 読書

 

安倍政権によって霞ヶ関の人事権は掌握され、官僚は政権に拝跪(はいき)するばかり。財務省が当然視していた消費税の増税は先送りされてしまいました。財務官僚には時の政権を支えてきたという自負がありますが、いまの安倍政権をバックアップしているのは経済産業省の官僚たちです。

 一度は政権を投げ出しながら甦った安倍晋三とは、どんな人間なのか。『この国を揺るがす男』は、朝日新聞の政治部と経済部の記者で構成された取材班が紙面に連載したものに加筆・再構成したものです。安倍氏が憲法や安保政策で祖父・岸信介が成し得なかったことを実現しようとしていることは知られていますが、祖父は経済官僚でもありました。現在の経済産業省の前身の農商務省の官僚であり、東條英機内閣で商工相を務めました。そして、いままた安倍総理は、経産省の官僚たちに囲まれ、彼らを頼りにしています。

 安倍内閣を支えているのは経産官僚だけではありません。思想面で支えているのが「日本会議」という民間の保守団体です。この団体の存在は一部で知られていましたが、その実態を丹念に掘り起こしたのが『日本会議の研究』です。

〈デモ・陳情・署名・抗議集会・勉強会といった「民主的な市民運動」をやり続けていたのは、極めて非民主的な思想を持つ人々だったのだ〉と著者は指摘します。

 この本を出版したのがフジサンケイグループの扶桑社とは不思議ですが、編集者の心意気を感じます。

 安倍総理は「戦後レジームからの脱却」を主張していますが、その「戦後」はどうやって始まったのか。『マッカーサーと日本占領』は、興味深いエピソードが満載です。

 あの頃、日本は貧しい国でした。いまはアベノミクスで豊かになったのか。いや、いや。日本でも「貧困」という妖怪が出没しています。『貧乏物語 現代語訳』は、一〇〇年前のベストセラーを現代に甦らせる試みです。これを実現させた佐藤優氏は「埋もれてしまいそうになっている重要な近過去の知的遺産を、わかりやすい言葉で、未来を生きる世代に伝えるという作業を、どんどんしていく必要がある」と書きます。佐藤氏のライフワークのひとつとなるのでしょう。

 戦後の日本経済を考える上で重要な新産業はコンビニエンスストアでしょう。セブン-イレブンの発展は、特筆すべき現象です。その立役者である鈴木敏文氏の退陣は最近の「お家騒動」のニュースの中でも驚くべきものでした。『さらばカリスマ』は、カリスマ経営者が陥りがちな陥穽をルポしています。

 カリスマ経営者の副作用の害を防ぐのに必要なのは「悪魔の代弁者」を社内に飼うことだ。『レッドチーム思考』は、その仕組みと大切さを教えてくれます。

 ニュースといえば、突如として登場した女性。詳しい経歴は、日々のニュースでは取り上げられません。ここはひとまず本人の説明を聞いておきましょう。台湾の新総統に就任した蔡英文の自伝が『蔡英文』です。

 日々生起するニュースを追いかけるのがジャーナリストの仕事ですが、ときには、大きなニュースにはならない事実を追いかけていくことで、新しい「世界の見方」が生まれます。それは、ジャーナリストが歴史家になる瞬間かも知れません。『空から降ってきた男』は、ロンドン郊外の住宅地に旅客機から墜落死した黒人男性を取材することで、アフリカの現状の一断面を切り取り、私たちに見せてくれます。

 歴史が動くとき、そこには歴史の教科書に掲載されない細かい事実が存在しています。そこに光を当てると、たとえば『レーニン対イギリス秘密情報部』のようなスリリングな作品が生まれます。

 ジャーナリズムの活動は、日々の歴史を刻むこと。でも、その未来はどんなものか。『デジタル・ジャーナリズムは稼げるか』は、メディアの生き残り策に示唆を与えます。

01.『この国を揺るがす男』 朝日新聞取材班 筑摩書房 1400円+税

この国を揺るがす男:安倍晋三とは何者か (単行本)

朝日新聞取材班(著)

筑摩書房
2016年6月8日 発売

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02.『日本会議の研究』 菅野完 扶桑社新書 800円+税

日本会議の研究 (扶桑社新書)

菅野 完(著)

扶桑社
2016年4月30日 発売

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03.『マッカーサーと日本占領』 半藤一利 PHP研究所 1600円+税

マッカーサーと日本占領

半藤 一利(著)

PHP研究所
2016年4月21日 発売

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04.『貧乏物語 現代語訳』 河上肇著、佐藤優訳・解説 講談社現代新書 800円+税

現代語訳 貧乏物語 (講談社現代新書)

河上 肇(著),佐藤 優(翻訳)

講談社
2016年6月15日 発売

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05.『さらばカリスマ』 日本経済新聞社編 日本経済新聞出版社 1500円+税

さらばカリスマ セブン&アイ「鈴木」王国の終焉

(著)

日本経済新聞出版社
2016年6月4日 発売

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06.『レッドチーム思考』 ミカ・ゼンコ著、関美和訳 文藝春秋 1900円+税

レッドチーム思考 組織の中に「最後の反対者」を飼う

ミカ ゼンコ(著),関 美和(翻訳)

文藝春秋
2016年6月23日 発売

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07.『蔡英文』 蔡英文著、前原志保監訳 白水社 1900円+税

蔡英文自伝:台湾初の女性総統が歩んだ道

蔡英文(著),前原 志保(翻訳)

白水社
2017年2月3日 発売

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08.『空から降ってきた男』 小倉孝保 新潮社 1500円+税

空から降ってきた男:アフリカ「奴隷社会」の悲劇

小倉 孝保(著)

新潮社
2016年5月18日 発売

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09.『レーニン対イギリス秘密情報部』 ジャイルズ・ミルトン著、築地誠子訳 原書房 3500円+税

レーニン対イギリス秘密情報部

ジャイルズ ミルトン(著),築地 誠子(翻訳)

原書房
2016年2月25日 発売

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10.『デジタル・ジャーナリズムは稼げるか』 ジェフ・ジャービス著、夏目大訳 茂木崇監修 東洋経済新報社 2200円+税

デジタル・ジャーナリズムは稼げるか

ジェフ ジャービス(著),夏目 大(翻訳)

東洋経済新報社
2016年5月27日 発売

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