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連載松尾諭「拾われた男」

松尾諭「拾われた男」 #17 「お台場で連続ドラマの大役を初めてもらった日」

2018/08/26

genre : エンタメ, 芸能

 あれよあれよで同棲相手と婚約したはいいものの、役者の仕事どころかオーディションの話すら来ずに、そろそろ自分の置かれている状態に焦りを少し感じていた上京7年目の夏、久しぶりに来た映画のオーディションに、万全の準備をもって臨んだら、自己紹介で、滑舌の悪さゆえに、もともとうまく言えない自分の名前を言うのに、これでもかというくらい舌がもつれにもつれ、完全に覚えたはずのセリフは忘却の彼方へと消え去り、惨めで情けない思いをして、初めて自分は役者には向いてないのではないかと思い始めた矢先、大阪の旧友と再会し、奥多摩で奇怪な体験をした前回の続き。

松尾諭さん、9月1日から放送のNHK土曜ドラマ『不惑のスクラム』に出演します!

「お台場にフォーマルな格好で来い」

 念寺さんたちとの奥多摩での夜を経て、それまで沈んでいた気持ちが、少し軽くなったからと言って仕事の話が来るわけでもなく、アルバイトに励みながらも、それまでサボり気味だった事務所のレッスンに真面目に行きだしたり、友人の紹介で総合格闘技のジムに通いだしたりと、やや行動的になったころ、またオーディションの話がきた。その頃は、前回のオーディションの失意から妙な具合に立ち直り、もうオーディションなんて受けたくないとは思うような事はなかったが、オーディションなんて受けてもどうせ無駄だ、と思うようになっていた。そんな気持ちで受けたオーディションはテレビドラマのもので、内容までは知らされなかったが、監督は大ヒットドラマと、その映画化作品で記録的な興行収入を打ち立てた人だと聞いた。だけどその監督の作品はひとつも観たことがなかったし、そもそもドラマのオーディションで募る配役なんて、どうせ大した役ではないと生意気にも勝手な先入観を抱いていたので、全くやる気が湧かなかった。

 フォーマルな格好で来いとの指示があったので、真夏の猛暑の中、お台場の東京テレポート駅から十五分歩き、着慣れないスーツで汗だくになり、履き慣れない革靴で靴擦れをおこしながら着いた会場は、真新しく巨大なスタジオだった。