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ラジオドラマ『閉店屋五郎』の主人公を演じた西田敏行が語る「忘れられないパンツ事件」

genre : エンタメ, 芸能

 洋服も、コンタクトも、「使い捨て」がはびこる世の中に、異議をとなえる言葉がラジオから響いている。

 声の主は、名俳優として知られる西田敏行さん。動画が全盛のこの時代に、声だけで演じる上質のラジオドラマが話題となっている新日曜名作座『閉店屋五郎』(NHKラジオ第一/原作・原宏一)で、主役の五郎を演じている。

西田敏行さん

 五郎の仕事は、中古屋。閉店する店舗から中古の厨房機器やオフィス機器などを買い取って、売りさばく商売をしている。

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 西田さんが「ものは大切にすべきだ」と思うようになったのは、ある体験からだという。

「ずいぶん前になりますが、映画『植村直己物語』という作品で植村さんを演じたんです。そのとき、エベレストのベースキャンプでロケをしていたんですね。

 1カ月半の撮影が終わって、ネパールのカトマンズのホテルに戻ってきたんですが、ずうーっと同じ下着をはいていたもんですから、最初はピカピカの新品だったものが、色を染めたのか、というくらいになっていましてね。まぁ薄茶色ですよ(笑)。その下着を洗うのも嫌になって、ホテルのゴミ箱に捨てたんです。

 そのあと、部屋のドアがノックされるから、開けてみると、掃除をしてくれた方が、汚れたパンツを持って、『これは捨てたのか?』と聞いてくるんです。『捨てたんだから、処分してください』と言うと、『どうして? 洗えば使えるじゃないですか。使えるものを引き取ると、盗んだと思われるから、捨てたということを証明するために、この書類にサインをしてくれ』と言われましてね。

 私はその時の恥ずかしさを、いまも忘れられません。『人が長いあいだ使ってきたものには、その人の思いや歴史がぎっしり詰まっている』と、小説の中で五郎も言っていますが、私のパンツも洗って使えば、そのパンツに歴史ができたはずで(笑)。それ以来、ものは大切にしようと心に決めているんです」

「あなたの思い出、買い取ります」と語る西田さんの決め台詞がずしりと心に響くのは、こんな背景があったのだ。

情が薄い世の中だからこそ……

 と同時に「最近の世の中は、情も薄くなった」と西田さんは嘆く。

「朝起きて、テレビをつければ、政界もスポーツ界も、不正が横行している。あげく、疑いをかけられた人物が、ドーンと居座っている。そんな人が存在すると、パワーハラスメントみたいなものだから、周りの人たちは息苦しいんです。

 日本ボクシング連盟の会長辞任をめぐる騒動なんかも、勇気ある告発がなかったら埋もれていたわけだから・・・・・・。今の世の中、他人に関して無関心な人が多いんだね。

 五郎は、買い取りに出向いても、『何があって店を閉めるのか、そこが納得いかないと商売に取りかかれない』と依頼者に言ったりするんです。他人に熱く、しつこくかかわっていくタイプ。ちょっと暑苦しいけれど、こういう時代だからこそ、居てほしいし、実際にいたら、ときどき、無性に会いたくなるでしょうね」