タイ系民族は東南アジアから中国南部にかけて広く住んでいるが、なぜかどこの人もひじょうにグルメである。美味いものに目がないだけでなく、食の幅が広くて、ゲテモノ的な食材にも果敢にチャレンジする。
中国南部、広西チワン族自治区に住むトン族もそうで、彼らが住む三江(サンジャン)という町に行ったときは、前に本連載で紹介した「紫血(ズシュエ/豚の生の血の和え物)」とか、十年以上も漬け込んだ草魚のナレズシなどなど、よそではお目にかかれない特殊料理の宝庫であった。
私がそのような個性的な料理を好んで食べているのを知り、親しくなったタクシー運転手の楊さんが「ヤンビーって食べたことある?」と訊いてきた。
ヤンビー? 私が首を振ると、彼はおもむろにスマホを取り出した。
昔は中国語が通じないとき、もっぱら筆談だったが、今では誰もがすぐにスマホの翻訳アプリを開く。中国の翻訳アプリは自動的に発音までしてくれるのはいいが、スイッチをオフにするまでエンドレスで喋り続ける。例えば、「補品(プーピン)」と入れると、「サプリメント、サプリメント、サプリメント……」と連呼して、やかましい。
楊さんが手書きで何やらさささっと入力すると、突然アプリが日本語で叫びだした。
「ヤギの糞(くそ)のスープ、ヤギの糞のスープ、ヤギの糞のスープ……」
シュールすぎて頭がおかしくなりそうだ。ヤギの糞のスープって一体何だ? というか、そのSFに出てくるロボット鳥みたいなアプリを早く止めてほしい。
やっとアプリを閉じた楊さんが言うに、ヤンビーはもともとトン族の料理でトン語では「ベーレイ」という。最近は漢族も真似して食べるようになり、「羊(ヤン)ビー」と呼ぶようになったが、方言なのでアプリの辞書にも載っていない。楊さんが自分で標準中国語に意訳した語彙を打ち込んだら「ヤギの糞のスープ」と変換されたらしい。
ヤギといっても羊のことだと思うがそれはさておき、「糞」というのが解せない。いくらゲテモノ好きのタイ系民族とはいえ、羊の糞なんて食べるだろうか。楊さんは「糞じゃなくて、糞になる前のもの」などと一生懸命説明するが、何のことかわからない。凄いゲテモノ系の気配が濃厚に漂っているが……。