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佐久間 文子
2017/01/06

肌身に感じた圧力

『さぶ』『マルタの鷹』『OUT』

source : 文藝春秋 2017年1月号

genre : エンタメ, 読書

佐久間文子氏

タイトルは『さぶ』だが主人公はさぶの親友栄二である。利発で腕も立ち男前の栄二と、要領が悪くお人よしのさぶ。互いの違いが際立つ、二人組だが、栄二が仕事先で盗みの疑いをかけられたことで運命が暗転する。濡れ衣を晴らせず、自暴自棄になり栄二は寄せ場に送られてしまう。

 艱難汝を玉にす、といわんばかりに作者は栄二をこれでもかとばかり酷い目に遭わせる。若いころ読んだときは震え上がったが、彼の立ち直りを見守る人たちを周囲に配していて、作家の温かさが感じられる。ミステリーでもあり、最後に明かされる「犯人」と栄二の反応はどこか割り切れないが、思いを少し残すところがまたこの作家らしいのだ。

 目の色のわずかな濁り、肌のくすみ、といった細部で登場人物の心理が描写されるハードボイルドの古典が『マルタの鷹』。謎めいた依頼人はもちろん、視点人物である主人公の探偵の内面もほとんどうかがい知れないまま話は進み、探偵と依頼人は互いの手のうちを明かさないまま懐に入り込むように関係を持つ。

 依頼人は若くて美しい女。守られる存在、と意識しながら読んでくせいか、最後の謎解きの場面での二人がかわすやりとりは衝撃的で、初めて読んだときはあっけにとられもしたが、男の側の筋の通った薄情さ、というべきものに心をとらえられた。

『OUT』は破壊力のあるクライムノベルだ。深夜の弁当工場で黙々と働く主婦たちの一人が、暴力をふるう夫を思いがけず殺してしまい、頼られたパート仲間が死体処理に手を貸す。

 深夜労働の劣悪な環境、受け入れざるを得ない個人の置かれた背景が克明に描かれている。行われているのは恐るべき犯罪なのに、計画性もなく社会の枠外に思い切りよく飛び出す彼女たちに心情を寄り添わせてしまうのは、彼女たちが肌身に感じる圧力を同じように感じるからだろう。最後の、彼女たちを追い詰める男との対決シーンは圧巻である。

さぶ (新潮文庫)

山本 周五郎(著)

新潮社
1965年12月28日 発売

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マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ダシール ハメット(著),小鷹 信光(翻訳)

早川書房
2012年9月7日 発売

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OUT 上 (講談社文庫 き 32-3)

桐野 夏生(著)

講談社
2002年6月14日 発売

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