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日本人が忘れてしまった凄惨な所業

『江戸時代の罪と罰』 (氏家幹人 著)――鼎談書評

source : 文藝春秋 2016年3月号

genre : エンタメ, 読書

 

キャンベル 国立公文書館が1年ほど前、『江戸時代の罪と罰』と題する展示会を催しました。本書はその企画者である著者が展示内容を再構成し、江戸から明治初期という時代に行われていた処罰や処刑について、膨大な資料から詳細に描いた労作です。特に興味深いのは〈信じがたい無差別殺人〉である「辻斬り」が江戸初期と末期に集中していたこと。幕末維新期の江戸では動物まで斬られていたとか。〈傷つけられなかった犬を一匹たりとも見ることは実際珍しい〉というので驚きです。

 実は新年早々、山内先生とは歌舞伎座でお会いしたんです。その時の演目は『梶原平三誉石切』。

山内 そうでしたね。石切梶原は、正月歌舞伎座の定番ですから(笑)。

キャンベル 梶原は刀の目利きで六郎太夫が持っている刀の鑑定を頼まれる。罪人を2人重ねて斬る「二つ胴」で試し斬りをすることになるのですが、その1人が実は太夫だと気づく梶原はわざとしくじります。

片山 緊迫した見せ場ですが、囚人は滑稽役で笑いを取る。楽しい場面でもある(笑)。歌舞伎や文楽の世界では、当たり前のように胴が輪切りになり、人形の首が飛んで、お客さんは拍手喝采です。

キャンベル この演目は、鎌倉時代の鶴岡八幡宮が舞台。しかしこの歌舞伎を観た江戸時代の人々は、目の前にあるリアルな話として受け取っていたのかもしれませんね。

山内 本書で描かれている東京・小伝馬町にあった幕府最大の牢獄の劣悪な環境も想像を絶するものがあります。〈暑さとシラミとノミそしてカやアブの襲来(略)防ぐ術のない寒さ〉に加え〈すし詰めになった囚人たちの汗や体臭、病人が発する臭い。それらが「汚穢不浄」(牢内の便器からたちのぼる臭気)と混交して〉、病気に感染してしまう。

 さらに牢内では、新入りは牢名主から大変なリンチを受けていたといいます。〈キメ板を五、六枚ほど下帯(ふんどし)で束ねると、角物(角材)のようになる。これで背中を打つ〉。やや嫌な話ですが、〈盛相(お椀)で雪隠(便器)から大小便を汲み取り食らわせる〉。松本清張の『無宿人別帳』に収録されている短編小説「おのれの顔」が描く世界が考察されています。

キャンベル 近代の監獄であれば看守がいて、収監者と監視者は明確に区別されていますが、江戸時代はそうではありませんでした。収監者たちに自治性があり、牢名主を中心に疑似家族的な社会が存在していたのです。牢獄に限らず、例えば漢学塾でもこの自治性は日本社会特有の現象でしたね。

片山 民俗学における西日本の「衆」「若者組」のように、何人かが集まって「あとはお前たちで勝手にやれ」と言われると自然発生的に上下関係が生まれ、リンチも行われる。

山内 直参旗本やその妻女など身分の高い人が入る「揚座敷」という牢がありましたが、「揚屋」以下の格下に牢替えを願い出る人が頻発したというのも興味深い。〈暑くて耐えがたい〉という環境上の理由に加え、ある小普請の妻は〈食事や洗濯などの世話をしてくれる女手は不可欠だった〉。囚人の身であるにもかかわらず、百姓牢には格下の人間がいるから使用人を確保できると考えていたというから驚きです。