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はとバスの「バスガール」が経験した「東京五輪の熱気」と「地獄のような研修」

50年後の「ずばり東京」――はとバスは進化し続ける#1

2018/08/31

銀座、浅草、渋谷など、東京の観光名所の至るところで目にする「はとバス」。東京近郊で、はとバスが運行する定期観光バスの利用者は年間94万人にのぼる。外国人観光客のみならず、国内観光客を魅了するのは何故なのか。ライターの小林百合子氏がその秘密に迫った。

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はとバスをどこかで小馬鹿にしていた

 18歳で関西から上京して20年。気づけば東京での生活の方が長くなり、帰省で訪れる大阪駅では迷子になるようになった。

 上京したての頃、地図を片手に歩き回った銀座も浅草も渋谷も今や生活の場。時折、観光名所と言われる建造物や商業施設に横付けされた観光バスを見かけると、「こんなゴミゴミした街のどこが面白いのだろうか」と思ってしまう。

 ところが先日、そんな考えを一変させる出来事があった。とある取材で、はとバスのツアーに同行することになり、半日かけて観光名所を巡った。東京駅を出発し、皇居、浅草、東京タワーを周るというベタなツアー。全く興味を持てないまま乗車したのだが意外にも面白く、ガイドが繰り出すめくるめく東京の歴史雑学を、熱心にメモしていた。

 例えば馬喰町。今でこそ「バクロチョウ」と読めるが、上京当時は解読不可能だった地名のひとつだ。バスガイドの解説によると、「実はこれは江戸時代にこのあたりに馬市が立っていたことに由来します。当時、馬の仲買人は『博労(ばくろう)』と呼ばれておりまして、それが変化して『馬喰』となったそうです」とのこと。

レモンイエローの制服に身を包み ©佐藤亘/文藝春秋

 車窓から見えるのは見慣れた東京の街なのだが、数メートルおきにトリビア満載の解説が入るものだから、みな車窓に釘付けになる。東京在住の私ですらそうなのだから、他県からやってきた人はなおさらだ。

 正直言うと私は、はとバスをどこかで小馬鹿にしていた。だが、それは大きな間違いであった。はとバスは東京人が乗っても面白い。いや、東京に暮らしているからこそ、知られざる東京の歴史や表情が見えて興味が湧くという面もある。その日からしばらく、私は周囲にはとバスの魅力を語りまくった。

国内観光客だけで年間85万人を集客

 だが、周囲の反応は驚くほど似通っていた。

「どうせ外国人ばっかりでしょ」

 確かにパリでもロンドンでも、シティバスツアーに乗っているのは外国人観光客ばかりだ。それに比べると私の乗車したツアーはほとんどが日本人で、明らかに外国人だと判別できたのは「切腹」というロゴのスウェットを着た青年だけだった。

 はとバス社集計のデータを調べると、2016年度の東京近郊の定期観光バスの利用者数は約94万人。そのうち外国人は約8万人と一割にも満たない。日本人乗客のうち地方・東京のどちらが多いかは不明だが、いずれにしても国内観光客だけで年間85万人以上を集客するのは驚異的だ。インターネットが発達し、手軽に個人旅行を手配できるようになった時代に、あえてバス観光を選ぶ人がこれほどいるとは。

 はとバスを通して東京という街を見てみたら、面白い側面が浮かんでくるのではないかと思った。