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池上 彰
2016/11/15

大統領選とメディア

『〆切本』『トランプ』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』ほか

source : 文藝春秋 2016年12月号

genre : エンタメ, 読書

 

いまアメリカ大統領選挙取材のために日本とアメリカを往復する日々です。困るのが雑誌や新聞の締め切り。日米の時差で締め切りがいつだったか混乱するのです。締め切りに追われる生活は、今も昔も同じ。『〆切本』は著名な作家たちの締め切りをめぐる言い訳や悩みが満載です。

「書くのが商売なのだから仕方がないようなものの、余り書かされてばかりいると時々、何のために自分がそんな目に会わなければならないのか解らなくなることがある」とぼやいているのは吉田健一。

「自分で蒔いた種だから仕方がないといってしまえばそれまでだけれど、締切が迫ってくるごとに寿命の縮む想いに苛まれたのである」というのは内田康夫。

 みんな苦労してきたのだと、我が身に鞭打ち、この原稿はなんとか締め切りに間に合わせました。

 日本とアメリカを往復せざるをえないのは、大統領選挙でドナルド・トランプ候補が怪進撃したから。いったいこの人物はどんな経歴なのかを追ったのが『トランプ』です。選挙報道の中立公正さなどなんのその、「ワシントン・ポスト」の取材班は丁寧な取材でトランプの人物像を浮かび上らせます。

 ニューヨークにホテル「グランド・ハイアット」をオープンさせたトランプは、「一九八七年、会計士に計算方法の変更を指示し、利益分配の取り決めに基づいて市に納める金額を減らそうとしたのだ」(同書)。トランプは優れた経営者ではなく、法の抜け穴を見つけて税金を納めないで済むようにする天才なのです。

 そんなトランプが、なぜ共和党の大統領候補になれたのか。そもそもアメリカの政党にはどんな違いがあるのか。日本の読者にわかりやすく解説するのが『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』です。今回は対立軸が変化したのです。

 しかし、いまのアメリカでは保守派の政治家を批判的に報道すると、右派のネットメディアから猛反撃を受けるという現実があります。ジョージ・ブッシュ大統領(息子のブッシュ)が、かつて有力者のコネで軍の徴兵を逃れていたのではないかという疑惑を報じたCBSは、右派メディアの総攻撃を受けます。その内実を担当プロデューサーが書いたのが『大統領の疑惑』。保守派のブロガーや保守派のネットメディアが、リベラルとされるメディアをどう攻撃するかを描いています。

 アメリカの地方のフリーウェイを車で走っていると、「リベラルなメディアを信じるな」という大看板を目にすることが増えてきました。いわゆるネトウヨが、アメリカでも力を持っているのです。

 大統領選挙は終わっても、トランプ現象に代表されるポピュリズムは世界を覆いつつあります。『ポピュリズム化する世界』は、今後欧州で何が起きるかを“予言”します。

 アメリカ大統領選挙は直接選挙と言われますが、実は大統領選挙人を選出する間接選挙です。選挙の方法によって政治は変わる。これを解明したのが『「決め方」の経済学』です。「多数決は人が使う決定の道具のはずだけれど、道具に人が翻弄されていやしないか」という著者の指摘は目からウロコです。

 その欧州は難民問題で揺れています。何が起きているのか。『難民問題』は、その現実をルポします。

 欧米に比べて萎縮しているのではないかと批判される日本のメディアも、どっこい負けていないと励まされるのが『「南京事件」を調査せよ』です。「南京大虐殺はなかった」という主張の真相はどうか。日本のメディアの良心が、ここにはあります。

 大統領選挙の取材で会ったアメリカの投資家と思わず意気投合した本があります。その日本語訳が『サピエンス全史』。なぜ人間だけが地球を支配できるようになったのか。斬新な視点は知的興奮を掻き立てます。

 そして最後は『小さな出版社のつくり方』。編集者の思いが伝わり、読者も襟を正す気になります。

01.『〆切本』 左右社編集部編 左右社 2300円+税

〆切本

夏目漱石(著)

左右社
2016年8月30日 発売

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02.『トランプ』 ワシントン・ポスト取材班 文藝春秋 2100円+税

トランプ

ワシントン・ポスト取材班 (著), マイケル・クラニッシュ (著), マーク・フィッシャー (著), 野中 香方子 (翻訳), 森嶋 マリ (翻訳), 鈴木 恵 (翻訳), 土方 奈美 (翻訳), 池村 千秋 (翻訳)

文藝春秋
2016年10月11日 発売

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03.『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』 冷泉彰彦 日本経済新聞出版社 1500円+税

民主党のアメリカ 共和党のアメリカ

冷泉 彰彦(著)

日本経済新聞出版社
2016年8月25日 発売

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04.『大統領の疑惑 米大統領選を揺るがせたメディア界一大スキャンダルの真実』 メアリー・メイプス著、稲垣みどり訳 キノブックス 2200円+税

大統領の疑惑

メアリー・メイプス (著), 稲垣みどり (翻訳)

キノブックス
2016年7月30日 発売

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05.『ポピュリズム化する世界』 国末憲人 プレジデント社 1600円+税

06.『「決め方」の経済学 「みんなの意見のまとめ方」を科学する』 坂井豊貴 ダイヤモンド社 1600円+税

07.『難民問題 イスラム圏の動揺、EUの苦悩、日本の課題』 墓田桂 中公新書 860円+税

08.『「南京事件」を調査せよ』 清水潔 文藝春秋 1500円+税

09.『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福 上下』 ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之訳 河出書房新社 各1900円+税

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 柴田裕之 (翻訳)

河出書房新社
2016年9月8日 発売

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サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 柴田裕之 (翻訳)

河出書房新社
2016年9月8日 発売

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10.『小さな出版社のつくり方』 永江朗 猿江商會 1600円+税

小さな出版社のつくり方

永江 朗 (著)

猿江商會
2016年9月26日 発売

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