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古谷 経衡
2016/12/20

『この世界の片隅に』で感じた非日常が日常化していく恐怖

旬選ジャーナル 11月23日、マガジン9(筆者=中津十三)

source : 文藝春秋 2017年1月号

genre : ニュース, メディア, 映画

 

古谷経衡氏

公開館数六十八館と小ぶりながら、口コミが口コミを呼び観客動員十二万人突破(十一月二十一日現在)で配給会社(東京テアトル)の株価がストップ高になるという、空前の盛り上がりを見せているアニメ映画『この世界の片隅に』(片渕須直監督)。様々な論者が憲法や社会問題について寄稿するWEBサイト『マガジン9』掲載の匿名ライター中津十三氏の評が秀逸だったので紹介したい。

 戦前・戦中・終戦直後の広島県呉市を舞台に、主人公すずの日常が描かれる本作。これまで、空襲や原爆を描いたアニメや映画、ドラマ等で繰り返し強調されるのは「戦時下の非日常性」と「強烈な反戦・反核メッセージ」の二つである。本作には、不思議なほどこの二つがない。耐乏生活を強いられながらも、人々は笑い、泣き、そして生活の微細を楽しんでいる。本土空襲が激化する昭和二十年三月までの本作は、私たちの生きる泰平の平成とほとんど変わらない。だからこそ、本作はあの戦争の時代を生きた人々が、「他者」ではなく、私たちと同じ「地続き」の人々であったことを強く語る。

 中津氏は、この日常が、徐々に浸食されていく恐怖を次のごとく指摘する。

〈人々は何度も発令される空襲警報に次第に馴れていく。非日常が日常化していく。ほんの少しずつ抉られるように。それでも、毎日は続く。親しい人が亡くなっても、自分の肉体が傷ついても〉

 原爆や空襲を扱ったアニメ映画で最も著名なものは『はだしのゲン』と『火垂るの墓』だろう。「ゲン」一家は戦時中から反戦思想の持ち主で、町内から非国民呼ばわりされる。主人公中岡元は急性放射線障害をものともせず、戦後の広島を逞しく生き、絵師目指して上京する段で終劇する。「火垂る」は、両親を失い孤児となった清太と節子が、防空壕で自活するうちに餓死していく話だ。

 両作とも傑作には違いないが、いずれもあの戦争の時代に生きた人々を「他者」としてとらえさせるきらいがある。ゲン一家のように戦時中から声高に反戦を唱えた人はどれ程居ただろうか。この部分には原作者・中沢啓治氏の戦後から見た理想像が入り込んでいる。

『この世界の片隅に』の主人公すずは、寧ろ政府・大本営の聖戦完遂プロパガンダを微温的に支持するような市井の女性であり、精神的にも肉体的にも強者ではない。だからこそ、この映画はリアルなのだ。あの戦争の時代を生きた人々は、漠と世相に流され、政府の配給ルールを遵守しながらも、不自由の中に小さな楽しさや喜びを発見する、私たちと変わらない人々だったのだ。

 この当たり前の事実を、これまでの戦争を題材としたアニメや映画は描けなかった。中津氏は、記事の最後をこう結ぶ。

〈反戦を声高に叫ばないからいい、という向きもあるようだが、それは情報量の多さと正確さに裏づけされたさまざまな見方ができるからであって、むしろ戦争の実相を観客に考えさせる作品ではないだろうか〉

「戦争モノなんだから悲惨でなければ」「反戦メッセージをことさら入れなくては」そういう前提で作られてきたこれまでのそれと、本作は明らかに違う。戦中の呉と日本の再現にこだわった片渕監督の意図は明瞭だ。戦争の悲劇を訴えるために、言葉は必要がない。ありのままの当時を再現すれば、あの戦争が如何に人々の生活と心を破壊したのか、笑顔を奪ったのかは痛いほどわかる。説教臭い反戦の言葉など、必要がなかったのだ。

 言葉で反戦・反核・平和をいくら訴えても『この世界の片隅に』の二時間には到底敵わない。世紀の傑作である。

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