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平野 啓一郎
2016/10/18

「貧困たたき」の背景は? NHK報道めぐりネット炎上

旬選ジャーナル 9月14日、朝日新聞デジタル(筆者=仲村和代、伊東和貴)

source : 文藝春秋 2016年11月号

genre : ニュース, メディア, 社会

平野啓一郎氏

「社会的弱者」を寄ってたかっていじめ抜く、というのは、昨今の日本の精神的荒廃を見せつけられるような悲惨な光景である。尤も、そうしたネット上の「炎上」に荷担する者は、延べ人数こそ多いものの、実際は非常に限定的ともされている。

「相対的貧困」という問題を扱ったNHKの「ニュース7」の特集が「炎上」したことはまだ記憶に新しい。番組だけでなく、取材を受けた十代の少女までもがターゲットになるというおぞましさだった。

 日本の格差問題は、国際的に見ても深刻な状況に陥っている。特に、「相対的貧困」は、その生活の苦境が可視化されにくく、実態の把握と早急な対策が求められている。ところが、まさにそのわかりにくさの故に、放送後、出演者の部屋の様子から「十分ゼイタクじゃないか」などという非難が殺到した。挙げ句に「相対的貧困」の意味さえ理解せずにそうしたバッシングに便乗するお粗末な国会議員まで出てくる始末だった。

 朝日新聞の記事「『貧困たたき』の背景は? NHK報道めぐりネット炎上」は、その意味で、事実関係を整理し、専門家の知見を交えた、よくまとまった内容だった。

 私は、ネット上でこの事件に言及する際には、ただ、この記事をシェアするだけで十分だと感じ、実際にそうした。ネットの出現によって、テレビや新聞といった旧来的なマスメディアは早晩滅びるといった話が一頃盛んに喧伝されたが、私は、そうならないと思っていた。なぜなら結局、ネット上の話題の大半は、マスコミの報道を情報源としているからである。個々のネットユーザーが、今や様々な情報を発信しているのは事実だが、組織メディアでなければ、取材出来ないことは多々ある。情報拡散力も大きい。

 ネットとマスコミとは、融合可能か、それとも敵対的なのか。――こうした問いの立て方もまた、今や粗雑に見える。なるほど、社会の腐敗を防ぐためには、政治や大企業の権力とマスコミとは緊張関係を維持することが重要だが、マスコミ自体もまた、巨大な権力であり、それを、ネットの世論が適切に牽制し、同時にネットの権力をマスコミが牽制するというのは健全な構図である。だからこそ、政治権力はネットをマスコミ批判の道具として取り込もうとするのであるが。

 しかし、ネットというのは、本質的に多様な世界である。その内部では、複雑な棲み分けが行われつつ、時に境界を越えた、大きな共感のうねりが巻き起こり、また激しい議論が戦わされる。デマは恒常的にどこからともなく発生しているが、その真偽を見極めようとする動きも積極的である。

 専門的な知識が求められる議論に、個々のネットユーザーが参加するのは難しく、SNSもあえて議論を交わしにくい設計になっている。しかし、専門家同士の一種の「代理論争」は、空中戦のように眺められ、大いに参照されている。

 マスコミの存在価値は、日々の情報の即時的な網羅性のみならず、多少時間がかかってもそれを深く掘り下げる調査、分析能力にかかっている。それが個別にシェアされる。社会に漫然と、「両論併記」的に複数の新聞が存在し、読者を囲い込むことで、結局、国民を分断するのではなく、もっと相互に議論し、事実誤認に基づく報道は批判すべきだろう。

 その点で、今回の記事では、NHKの当該番組の難点を、取材した「女子学生」のコメントを借りて批判しているが、本来は記者自身が責任を持って書くべきではないだろうか。

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