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私たちはなぜ、ベイスターズ・山﨑康晃を信じられるのだろうか

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/09/13

「オオオオオ、オオオオオオオオ、オ、オオ、オ、ヤスアキ」9回裏、ドイツのバンド・ゾンビネーションの『Kernkraft400』がかかると、ハマスタは揺れる。3万人のジャンプと掛け声で揺れる。ライトポールの真下から、リリーフカーがグラウンドへと進む。私たちはそこで、唯一「笑顔ではない」彼を見る。

 山﨑康晃。ルーキーイヤーの2015年からずっとベイスターズの守護神。新人セーブ記録、DeNA初の新人王、3年連続20セーブ……現在進行形で輝かしい記録を打ち立てている。野球通たちの「クロスステップは怪我しやすいからなぁ」「2年目は研究されてダメになるんじゃないか」という呪いの言葉をひらりとかわすかのように。

 ニコニコとよく笑い、ファンサービスは完璧、誰とでも表裏なく接する性格。その頭の良さとコミュニケーション能力は特にSNSに現れる。かわいい自分を知り尽くした自撮り、あざといまでの絵文字、侍ジャパンに召集されれば公式アカウントより「ファンが欲しがる」写真をアップする。オリックス西投手と並び「侍ジャパンの広報」とも呼ばれた。

 ベイスターズには、いや今までのプロ野球界にはいなかったタイプの選手だ。野球の実力に加え、愛嬌とサービス精神、そして抜群の発信力。これだけの好材料が揃っていながら、私はこの2年のベイスターズコラムの中で一度も山﨑康晃を書いたことがなかった。私だけじゃない、他のベイスターズ執筆陣もまた、山﨑康晃を書くことはなかった。どうしてだろう。

今季NPB通算100セーブを達成した山﨑康晃 ©文藝春秋

「ヤスアキ」を書くことの難しさ

「ヤスアキは一番難しい」。ベイスターズをよく知る友人はこう言った。どうして? と尋ねると「言葉を持ってる、それを発信する力もある、物語もある」と言う。「あと、かわいい」「だから書きづらいんだ」。

 書き手は、いつもどこかその対象に「余地」を求める。世間一般に知られていない、自分が補わねば埋れてしまうかもしれない、余地。そしてそれは書き手の想像と見解、いわゆる「自分らしさ」を発揮するスペースでもある。山﨑康晃はたぶんその余地を自らで埋めることのできる選手なのだ。だから難しい。

 しかし一方でそれはエゴでもある。書き手が自分にとって都合のいい物語を紡ごうとする、エゴ。もの書きが一生背負っていかねばならない業だ。ヤスアキは無意識のうちにそういう書き手のエゴを跳ね返しているのかもしれない。そんなことを考えたのは、そういう不思議な力を持っている人たちを知っているからだ。

私が初めて知った「アイドル」

 ももいろクローバーZの主演映画『幕が上がる』の密着取材を命じられたのは、ちょうど4年前のことだった。アイドルも、ももクロも全然知らない、さらに尋常じゃなく人見知りの私は、取材初日、重たい気持ちを抱えたままロケ現場へと車を走らせていた。その1ヶ月後のクランクアップの日、不意にマネージャーさんから「どうでした、密着?」とたずねられたとき、言葉より先に出てきたのは涙だった。そんな体験は後にも先にもこの時だけで、自分もびっくりしたし、突然泣き出したアラフォーの女を見てメンバーもスタッフも慌てて、そして笑っていた。

 あの涙はなんだったんだろうと、今でも時々考える。私が初めて知った「アイドル」は、とにかく普通の女の子だった。もしかしたら芸能界には、彼女たちよりもっと美人で、もっとスタイルも良く、もっと歌がうまく、もっと踊りが上手な、そういう人材はたくさんいるかもしれない。だけど彼女たちじゃなきゃももクロじゃないし、ももクロじゃなきゃダメなんだというのを、私はその1ヶ月間の密着で痛感し、今なお取材をさせてもらう中で、その確信は強くなるばかりだ。何がどう、違うのか。