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東洋選手権を入り口に戦後史を解きほぐす

『ボクシングと大東亜 東洋選手権と戦後アジア外交』 (乗松優 著)――鼎談書評

source : 文藝春秋 2016年9月号

genre : エンタメ, 読書

 

片山 幼い頃からボクシングに「東洋○○級チャンピオン」が居るのは知っていましたが、その東洋の意味を知らぬまま、半世紀ほど経ってしまいました(笑)。この本で初めて分かりました。実に奥が深い。

 東洋選手権は1952年、フィリピンと日本の興行師の合作で始まる。朝鮮戦争にフィリピン軍も参戦して何千人も送り込む。軍人兵士が定期休暇で過ごすのは東京ですよ。占領下の東京にフィリピン人脈ができあがる。そこから日本人とフィリピン人のボクサーを戦わせる東洋選手権が生まれてくるんですね。

 そしてこの東洋という言葉が大東亜共栄圏建設に挫折して三等国に転落した日本人の胸に悔恨と郷愁を伴って刺さる。ブームを呼ぶ。そこに岸信介の東南アジア外交も絡んでくる。日本に対する戦争被害の恨みはフィリピンが特に深い。その和解の緒がピンポン外交ならぬボクシング外交というわけで。著者は、史料を博捜し、生き残りの関係者に丹念に取材して、ボクシングから大きな戦後史を描きます。その道と縁の深い右翼やヤクザについても掘り下げている。安部譲二にも取材している。いい本です。

山内 第一章でまず出てくるのが「帝拳(帝国拳闘協会拳道社)」の田辺宗英。懐かしいね。我々の世代は、ボクシングではなくて拳闘です(笑)。日本一や世界一ならば力量は明らかですが、では、東洋一と言ったとき、どの範囲を東洋というのか。東洋とは何ぞや、という問いが生まれてくる。プロレスでいえば、インド出身のタイガー・ジェット・シンは東洋に入るのか否か(笑)。さらに、日本の戦後史をたどる深みもある。

亀山 私も父親がボクシング好きだったので、よく隣でテレビ中継を見たものです。ピストン堀口や白井義男、カーン博士など、当時聞いた名前に触れ、追体験しているようでした。加えて、大きな戦後の流れをしっかりと捉えている。「東洋チャンピオン」というキーワードから論じていく着眼点が素晴らしいですよ。本の帯もいいですね。「日本テレビ史上 最高視聴率96%!」と書かれたら、読みたくなるなあ(笑)。

片山 その最高視聴率が日本テレビによる後楽園からの東洋選手権の中継というのですが、これには種も仕掛けもあって後楽園スタヂアムの社長でもあった田辺と、日本テレビの創始者、正力松太郎の結びつきによって、後楽園で行われるスポーツは、野球もボクシングも日本テレビが放映権を独占する契約がなされたというんですね。しかも田辺は戦前には岩田愛之助の主宰した愛国社の社員。つまり右翼です。そのうえ田辺は阪急の小林一三の弟。警察官僚出身で政財界に顔の利く正力とはパイプが幾つもあったんですね。

山内 CIAにも通じていたと言われる正力松太郎は、反共の牙城としてテレビを使おうと考え、ボクシングやプロレス、野球を組み込んでいく。レーダーまで扱おうとするスケール感は途方もないですね(笑)。