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平松 洋子
2016/10/13

それぞれの漂流

『漂流』『漂流の島 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う』『1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代』ほか

source : 文藝春秋 2016年11月号

genre : エンタメ, 読書

 

角幡唯介、高橋大輔。二人の探検家が数年ぶりに書き下ろした長編ノンフィクションのテーマは、偶然にも「漂流」。意思を奪われた絶対状況下、人間はどう生き延びようとするのか。ただし、それぞれが描く「漂流」はまったく違う。

 角幡唯介『漂流』は、ひとりの沖縄漁民の男を通じて、海洋民たる人々の精神風土を捉える。一九九四年、三十七日間の漂流から奇跡的な生還を果たした本村実は、生還八年後、再び漁に出て音信不通のまま姿を消していた。彼はなぜ海に向かったのか。周囲の人物に取材を進め、著者自身もマグロ延縄漁船に乗船してマグロ漁を経験、伊良部島佐良浜の漁民の世界観と生き方を明らかにしてゆく。みずから海を渡りながら、二度の漂流に「人間の生き方の原型」を発見する著者の強い思いが全編を引っ張り、重量級の読み応えだ。いっぽう、高橋大輔『漂流の島』は、漂流という凄絶な運命を乗り越える人間の力を描き切る。アホウドリの生息地として知られる無人島・鳥島に、みずから上陸。江戸期、湧き水さえない絶海の孤島で生き延びた漂流民たちの謎に、自身の思考と足取りで挑む。綿密な調査のもと、人間の尊厳の真実を掴み取る探検家の意地と執念に胸を揺さぶられる。

 柳澤健『1974年のサマークリスマス』は、伝説のTBS深夜ラジオのパーソナリティ、林美雄を中心人物に据え、七〇年代という時代の空気を描く。受験勉強をしながら聴いていた私にとっても、甘酸っぱい青春グラフィティ。あの頃ラジオから流れてきた声と音楽が無性になつかしい。『プリズン・ブック・クラブ』は、服役中の囚人たちによる一年間の読書会をカナダ人の女性ジャーナリストが描くノンフィクション。連続銀行強盗犯や薬物売買・恐喝犯たちが『サラエボのチェリスト』『かくも長き旅』『怒りの葡萄』などを読み、語り合うごつごつとした言葉に味がある。おっかなびっくり参加、人間洞察を深めてゆく著者の姿がいい。

 村田沙耶香『コンビニ人間』は、自分にとって完璧な居場所を得た人間の強度が衝撃的だ。その強度は勝利めいて輝かしく、羨望を覚えるほど。オリジナルな面白さにやられてしまい、続けざまに二度読んだ。内澤旬子『漂うままに島に着き』では、行き場所を求めて東京から小豆島へ移住した著者の右往左往が描かれる。四十代独身、乳がんや離婚を経て、漂う自分の姿を半歩ずらした位置から眺めつつ、土地に根ざそうと奮闘する。無計画かもしれないけれど、とにかく前へ進みたい……新天地を求める様子にぐっとくる。

 島尾ミホ『愛の棘』の純度の高さを、どう表したらよいのだろう。夫、島尾敏雄の作品の清書をしながら、ミホは文学の世界に近づいていった。だからこそというべきか、ミホの文章の背後には、つねに思慕と寂寞がゆらめいている。その緊張感が透明度をもたらし、気がつくと息を潜めて読んでいる。いつだって自分と世界との距離は縮まらないものなのだろうか。トーン・テレヘン『ハリネズミの願い』は、静かな夜に何度でも読みたい。友だちを自分の家に招く招待状に、「でも、誰も来なくてもだいじょうぶです」と書いてしまう孤独で臆病なハリネズミ。友だちになってくれるのはだれ? 複雑で、繊細で、柔らかい、大人の心に沁みる愛すべき物語。

 街を考える二冊を紹介したい。北尾トロと下関マグロを中心に結成した町中華探検隊『町中華とはなんだ』は、風景に溶けこむ個人経営の中華料理店を訪ね歩く。「まずさも個性になれる奥深さ」のフレーズに笑い、「町中華の残り時間は少ないのだ」に半泣き。京都で不動産業を営む著者が二都市を徹底比較、京都の街を読み解く岸本千佳『もし京都が東京だったらマップ』も目からウロコ。東京という眼鏡をかけたら、アラ不思議、急に京都がくっきり見えてきた!

01.『漂流』 角幡唯介 新潮社 1900円+税

漂流

角幡 唯介(著)

新潮社
2016年8月26日 発売

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02.『漂流の島 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う』 高橋大輔 草思社 1800円+税

漂流の島: 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う

高橋 大輔(著)

草思社
2016年5月19日 発売

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03.『1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代』 柳澤健 集英社 1600円+税

04.『プリズン・ブック・クラブ コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』 アン・ウォームズリー著、向井和美訳 紀伊國屋書店 1900円+税

プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年

アン ウォームズリー (著), 向井 和美 (翻訳)

紀伊國屋書店
2016年8月30日 発売

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05.『コンビニ人間』 村田沙耶香 文藝春秋 1300円+税

コンビニ人間

村田 沙耶香(著)

文藝春秋
2016年7月27日 発売

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06.『漂うままに島に着き』 内澤旬子 朝日新聞出版 1500円+税

漂うままに島に着き

内澤 旬子(著)

朝日新聞出版
2016年8月19日 発売

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07.『愛の棘 島尾ミホ エッセイ集』 島尾ミホ 幻戯書房 2800円+税

愛の棘: 島尾ミホエッセイ集

島尾 ミホ(著)

幻戯書房
2016年6月24日 発売

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08.『ハリネズミの願い』 トーン・テレヘン著、長山さき訳 新潮社 1300円+税

ハリネズミの願い

トーン テレヘン(著),長山 さき(翻訳)

新潮社
2016年6月30日 発売

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09.『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』 町中華探検隊 立東舎 1500円+税

町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう (立東舎)

町中華探検隊(著)

リットーミュージック
2016年8月19日 発売

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10.『もし京都が東京だったらマップ』 岸本千佳 イースト新書Q 800円+税

もし京都が東京だったらマップ (イースト新書Q)

岸本千佳(著)

イースト・プレス
2016年9月10日 発売

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