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実録! 野球ファンが知らない「球場ビール売り子のリアル」

文春野球コラム ペナントレース2018

 2378番、2378番……。

 彼女は汗とビールまみれのピンク蛍光色のユニフォーム姿のまま、東京ドーム1階3塁側のコインロッカー前に走った。常連の40代後半のお客さんから、7月のある日、誕生日プレゼントが入っているとキーを渡されたのである。巨人歴代名選手たちが前面にデザインされたロッカーの2378番は、偶然か意図的か松井秀喜の横顔写真だ。なんかヤバイものとかガチすぎるブランド物とか勘弁してよ……と恐る恐る扉を開けると、そこに入っていたのは松坂屋の紙袋に入った正方形の四角い箱。包み紙を剥がすと、中身は高級夕張メロンだった。

 持って帰って家族で食べましたよ。微笑みながら、そんな体験談を話してくれたのは、数年前の女子大時代に東京ドームで売り子をやっていたマユミさん(仮名/24歳)である。お客は売り子がビールを注いでお釣りを渡す数十秒の間に、質問してきたり、写真を撮りたがったり、名刺やプレゼントを刹那の素早さで手渡そうとするという。

「メロンは確か日曜夜のナイターでしたね。その方は年に何度か、愛知県から来てたので。週末の夜って地方から来るおじさんたちも多いんですよ」

 彼らは出張の前乗り組だ。翌月曜朝からアポとか奥さんに色々言い訳を考えて、前日から都内のビジネスホテルに泊まる。って月曜の朝8時から打ち合わせる会社ってどんなだよ……なんて真っ当な突っ込みは野暮だろう。いつの時代も球場は日常からの一瞬の逃避行が許される空間だ。今夜だけは男たちは会社や家庭のことを忘れて、ひとりスーパードライ片手に野球を眺める。

 ビール売り子は先発投手と同じで立ち上がりが勝負だ。最初の1杯目で、その日の常連をつけて「次もあの子で」と思わせるために。緊迫の投手戦より景気のいい打撃戦の方が売れるので、「かっ飛ばせ、かっ飛ばせ」なんつって胸の内で念じながら階段を駆け上がる。客席の動きをよく観察し、小銭だけでなく大きいお札にすぐお釣りを出せるように、千円札の束を指に挟んでスタンバイ。不意に目が合ったら、ニッコリ笑ってみせる。

 売り子に必要なのは容姿はもちろん、“笑顔とトークと根性”だ。そのまま社会人に求められるスキルなので、球場で鍛えられた女子は就職面接に異様に強いらしい。もちろん野球にも詳しくなる。首元に巻くタオルは目立つ色で自分の好きな選手だったり、マニアックにその日の先発投手の出身校をチョイスすることもある。お客さんが「あぁこの子、分かってるね」と顔を覚えてくれるから。でも、頭につける花飾りは2年目からが暗黙の了解だ。

「1年目をなんとか乗り切って、2シーズン目の開幕前に同期と花を買いに行くのが妙に嬉しかったのを覚えてます。先輩たちは怖くて、常連さんに気付かず売っちゃうと通路で文句言われたこともありましたね」

  球場のビール売り子(イメージ) ©中溝康隆

毎日ガチンコ! 売り子バトルの真実

 勤務前、ドームへ向かう総武線車内で野球ニュースをチェックするのが日課。今でも当時のセ各球団のスタメン暗記してるなぁと懐かしそうに振り返るマユミさんは、1日200~300杯のビールを売っていた。ビール半額ナイターは400杯前後出る日もあるという。ちなみに歩合制で1杯800円で売ったら30円バック。時給950円+歩合の合計は基本的に日給1万円を超える。20時45分か8回裏終了時まで売って、約5時間の拘束と考えても1時間2000円以上の稼ぎ。学生バイトとしてはおいしい仕事である。

「でも、背負うタンクが重くてすぐ辞めちゃう子も多いし、売上げに対するプレッシャーも凄い。先輩は売る技術を教えてくれないから、結局は自分で経験して時間をかけて覚えます」

 華やかな見た目とは裏腹に売り子の生存競争は過酷だ。18時試合開始のナイターなら、16時過ぎに球場入り。その日、行くまで何を担当するか分からない。花形はもちろんビール。それが新人や数字の悪い子は1杯あたりのインセンティブが安い焼酎やサワーになり、やがてジュースになり、気が付けば姿が消えている……野球選手と同じで結果を出さなきゃポジションを失う。なお売上げ上位ランキングは打率ベスト10のように翌日のロッカールームに貼り出され、嫌でも意識するライバル関係。仲のいい同期もこの時ばかりは倒すべき敵だ。まるで選抜グループを総選挙で争うアイドルグループ並のハードさである。実際、球場によっては売れない地下アイドルの子たちが結構働いているという。

 控え室にはアイドルの卵、フリーター、人妻、学生、キャバ嬢、元レースクイーンまでいる。それぞれのバックボーンや同期の繋がりで自然とグループができるが、この辺は普通の学校の教室と変わらない。本能的に自分と合いそうなタイプの子を探してくっついてるあの感じ。印象に残ってる同僚を聞くと、マユミさんは「とんでもない年上キラーがいました」とひとりの女性を紹介してくれた。

「なんか最近出会ったおじさん、みんなキスしたがるんですよね。ま、しないけど」

 えっ? クールな顔して、いきなりクレイジーなパワーワードの登場だ。出会ったおじさんみんなキス……とりあえず無意味に略すとD・O・M・K。今もセ・リーグ某球場で売り子を続けるチヒロさん(仮名/22歳)は、乃木坂46の西野七瀬に少し似た正統派美人である。この仕事を始めたのは高校卒業直後の18歳の春だという。過去に関東近郊のいくつかの球場を掛け持ちしていたキラーチヒロが語る「ビール売り子のリアル」は非常に興味深い内容だった。