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実録! 野球ファンが知らない「球場ビール売り子のリアル」

文春野球コラム ペナントレース2018

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選手から誘われる球場、セ・パ格差、怖い客……

「やっぱりまだセ・リーグが人気高いですよね。パ・リーグの球場で売り子をやっていた時は、日本ハムやソフトバンクはまだいいんですけど、他のカードになると観客数が少ないのでテンションはかなり落ちました」

 それでも常に売上げ上位にランクされていたチヒロさんは、一度買ってくれたお客さんの顔と名前は覚えて、球場で見かけたら自分から「○○さん、お疲れさま!」って笑顔で手を振ることを徹底していた。ポイントは“丁寧なタメ語”。年上に強いのは敬語よりも軽く、友達タメ語よりはリスペクトがある絶妙な“丁寧なタメ語”。ここマジ重要……ってもはやなんだかよく分からないコラムだが凄いテクだ。

 お気に入りの売り子を見つけた常連客はやがてインスタやTwitterのアカウントを探し当て、直接メッセージを送ってくるケースも多い。さすがにそこまでいくと疲れないかと聞くと、「だって売り子の営業用とプライベート用はアカ分けてますからね。売り子用は返事は返さないし、男友達の存在も一切臭わせないようにして。そういう子も多いですよ」とあっさり告白。ただ、球場によっては追っかけファンに注意しなければいけないケースもあるという。

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売り子をする上でのポイントは“丁寧なタメ語” ©中溝康隆

「神宮とか東京ドームは複数の最寄り駅があって、帰りルートが分散されるじゃないですか。でも最寄りがひと駅に集中するメットライフドームとかは気をつけないとヤバイです。お客さんも仕事終わりの待ち伏せは最低限のマナーとしてやめてほしいですね。それで嫌になって辞めちゃう子もいるので」

 常連ファンとの距離感問題、まさに球場で会えるアイドルだ。もちろん時に客だけでなく選手から誘われることもある。数年前、まだ世の中も球界も今よりユルかった頃、チヒロさんが時々働いていた横浜スタジアムは選手と売り子の入り口が一緒で、可愛い子はよく声をかけられたという。球場によっては、ベテラン売り子が仲介して選手との合コンも開催されていたが、当時10代だったのでさすがにその手のお酒の誘いは来なかったですねなんて熱狂の日々を振り返るチヒロさん。大学4年生で今シーズンが売り子ラストイヤー。なぜ、決してラクではないこの仕事を4年間も続けられたのだろうか?

「うん。気分的に部活でしたね。完全に」

 いい成績を出すために走り回り、同世代の女子と汗かいて、数字で勝負する。一定の樽数をクリアすると、達成金という形でボーナスが貰えた。シーズン終わりの納会で年間上位売り子には表彰もある。普通に学生やってたら、そんなガチの競争がある環境ってなかなか経験できない。確かに学生時代に受験やスポーツを限界までやったことがある人の方が少ないだろう。そう言う自分もそうだった。完全燃焼できないまま、ほどほどにそれなりの日々は過ぎていく。なぜ高校野球の甲子園が人気があるかと言うと、あれは国民の“疑似青春追体験イベント”だからである。あんな風に全力で何かに打ち込んでみたかった。人は大人になり、テレビの前でそう思う。

「あたし、売り子やるまであまり頑張ったことなかったんですよ。バイト始める前も親から『あんたには絶対無理だからやめとけ』とか止められたし。でも、やっている内にどうすれば売れるかとか、同期に負けたくないって気持ちが出てきて、4年間も続けられた。いつか売り子のトップが集う東京ドームで自分の力を試してみたいとか思ったり」

 じゃあ本当にビール売り子をやって良かった、と?

「でも今も球場行くまでは超嫌ですよ。あぁ今日も始まるのかって。だけど、不思議と鏡の前でメイクして髪型セットして、あの重いタンク背負うとスイッチが入る。よしっいくぞって思うんです。おじさんたちに負けねぇぞって。あ、今日もこれから球場なので、ぜひ買いに来てください」

“丁寧なタメ語”で接客しますから。彼女はそう言って、楽しそうに笑った。

 See you baseball freak……

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