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ヤクルト・武内晋一の残念なエラーと、見事なホームランと

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/09/22

 松岡茉優が登場するCMをぼんやり見ていた。ある少女マンガに対する思い入れを、彼女が熱く語っていた。画面には熱弁する松岡と、マンガのコマが並んで映し出されている。ふと、そのマンガの吹き出しが目に飛び込んでくる。

あれが
矢野に会った
最後になったから
です

 そこには、おそらくは主人公だと思われる女性が、去り行く電車をプラットホームから見送るシーンが描かれていた。その電車には「矢野」が乗っているのだろう。その瞬間、僕はたまらなく不安で落ち着かない感情に支配され、胸が苦しくなる。

松岡茉優と、小学生の頃の思い出と

 ……あれは、いつのことだったのか、すでに記憶が曖昧なのだが、小学生の頃に読んだ本のことを思い出したからだ。今となっては、その内容も本のタイトルすらも覚えていないけれど、当時夢中で読んでいたSF小説作品の中に、主人公と親友が無限の宇宙空間で離れ離れになってしまう場面が描かれていた。そこには、確かこんな一文があったと思う。

〈まさか、あれがアイツを見た最後になるとは思いもしなかった……。〉

 文章はまったく正確ではないけど、こんな内容だったのは間違いない。この一文を読んだ瞬間、心臓の鼓動が一気に早くなり、胸をギューッと絞めつけられるような気がした。当時まだ子どもだった僕は、それから先を読み進めるのが怖くなってしまった。なぜなら、この先には必ず、「アイツ」との永遠の別れが描かれるはずだから。

 物言わぬ姿となって再会するのか? それとも、会うことすらできないまま無限の宇宙空間の塵芥となってしまうのか? いずれにしても、そこにあるのは悲しい別離であることは確かだろう。結局、僕はこの物語を最後まで読み進めなかった気がする。だから、記憶が曖昧なのかもしれない。お気に入りのマンガを熱く語る松岡茉優の姿を通じて、まさか40年近くも昔の感情が、こんなにも生々しくよみがえってくるとは思わなかった。

 あれからかなりの時間を経て、僕は文章を書いて生活するようになり、これまでに20冊以上の本を出版してきた。その中で、僕が無意識に避けてきたのが、「これがアイツとの永遠の別れになるとは、予想もしていなかった……」という表現だった。物語を劇的にする効果があるし、読者の感情を揺さぶるにはもってこいの表現だとは思う。けれども、小学生の頃に感じた、あの生々しく不吉な感情を喚起するような表現を使うことを、僕はしたくなかったのだ。

 その後、映画や舞台や小説、マンガを通じて、「あれが最後の瞬間になるとは……」的表現を、何度か目にしたこともある。そのたびに、澱んだ感情が胸の内に渦巻いてくるのを感じた。うまく表現できない自分がもどかしいのだけれど、胸をかきむしりたくなるような、どうしようもなく、いたたまれない感情に支配されてしまうのである。