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優勝目前に復習したい、黄金時代の胴上げとビールかけ秘話

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/09/30

「最高です!」「最高で~す!」「最高!」何度も何度もこの言葉が飛びかった26日の夜。広島が優勝を決めた祝勝会の様子だ。選手たちはこれを目標に日々練習を積んでいるので、この瞬間に喜びもピークに達するのだ。3連覇を果たしたものの昨年、一昨年はビジターで決めたものなので、地元でのビールかけは格別だったと思う。

 今ではプロ野球のチームが優勝を決めると必ず行われるビールかけ。歴史を調べてみると、1959年に南海(現ソフトバンク)が巨人を破り日本一を決めた時が最初と言われている。アメリカでプレーしたことがあるカールトン半田が、シャンパンファイトをヒントに行ったそうだ。60年近くも前の話になる。「ビールがもったいない」という言葉も耳にするが、そこはひとつ大目によろしく。

「豆乳」がビール代わりに? 黄金期の思い出

 試合を戦って勝利して優勝を決めるのが理想だが、相手の動向にもよるのでいろいろな形の優勝がある。西武が最初に優勝したのは、この年まで前後期制が採用されていた1982年の前期。6月25日、後楽園球場での日本ハム戦はナイターだったが、マジック対象の阪急がデーゲームで敗れたために決まったもの。そして、そのナイターは引き分けに終わり、喜びも中途半端だった記憶がある。しかし、10月14日に後期優勝の日本ハムとのプレーオフを制し、リーグチャンピオンに輝いたときは相手に勝利してのものだったので、喜びを爆発させての胴上げが行なわれた。

 この胴上げ、慣れていない選手たちは喜びにあふれて、腕に力が入らずうまく行かないものと口々に語る。その気持ちも分かるような気がする。最近目にする胴上げの輪の外側で、カメラを意識してジャンプする姿。これは、工藤公康(現ソフトバンク監督)ら「目立ちたがり屋」のアイデアからのものだ。でも、胴上げにお尻を向けるのは不謹慎、という声もある。

1987年日本シリーズ第6戦 優勝しスタンドに向かってバンザイして飛跳ねる工藤公康(右)

 そして、祝勝会会場に移動してのビールかけ。これも、初めのうちは球団スタッフがノウハウを持ち併せていないため、冷蔵庫でギンギンに冷やされたものが出されていた。これでは冷たいやら、泡は出ないやら。翌年からは生ぬるい、泡の出やすいものが用意されていたのは「学習効果」か。また、準備するビールの本数が少なくなり、どこから持ってきたのか当時の広岡達朗監督が勧めていた「豆乳」がビール代わりになっていたこともあった。

 私もインタビュー要員として参加したことがある。事前に着替えや雨合羽を準備して用意周到で臨んだものの、靴がびしょ濡れになることまで想定できず、グジュグジュ鳴らしながら帰宅したのは今では良い思い出だ。最近は選手たちの準備もよく、ゴーグルは必需品になっている。いつごろから導入されたかは定かでないが、これは「ヒット商品」。目に入ると、しみて充血し真っ赤になってしまうので。また、準備期間が十分に取れればビールかけ用の帽子やTシャツも球団から用意される。