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中国の奥地に住む「ラブドール仙人」に弟子入りした話

200平米の家に8体のラブドールと住む60歳

2018/09/03

genre : エンタメ, 国際

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 ルポライターの安田峰俊氏は先日、『週刊文春』8月16/23日号に、中国の成人向けグッズ市場の現況を伝える「日中エロ戦線、異状あり」と題した異色の記事を寄稿した。

自宅のリビングでラブドールたちをお披露目する仙人(右)。左手前が最愛の小雪ちゃんである。なお、中央のジャージのドールのヘッドは日本メーカーのLEVEL-D製、他のドールはすべて中国メーカー製だ ©安田峰俊

 その取材の陰には、3日間をかけて取材相手に密着して驚くべき体験を積み重ねたものの、誌上の原稿には充分に反映しきれなかったという、いわくつきの物語があったという。

 対象となったのは60歳の男性だった。中国深南部の内陸地帯、貴州省黔南プイ族ミャオ族自治州恵水県の人里離れた山中で8体のラブドール(ダッチワイフ)と共同生活を送るという、中国のネット上でも名を知られた奇人である。安田氏はこの「ラブドール仙人」の自宅にホームステイし、魂の交流を積み重ねた……という。

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 あまりにキワモノ的、しかも仙人のキャラクターが想像以上にブッ飛び過ぎていた、狂気の物語をここに公開しよう。

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2018年の中国とは思えない未舗装の道

「聞いてないよ、勘弁してよ! これ、道じゃないよ!!」

 2018年5月11日。貴州省の山奥にある仙人の自宅を訪ねるにあたって、すさまじい路面状況に悲鳴を上げたのは私――。ではなく、中国の配車アプリ「滴滴出行」で予約した専車(送迎車)の運転手だった。

 専車は中国の普通のタクシーよりもずっと上等で、清潔なセダンの車内で運転手からテザリングのWi-Fiを貸してもらいつつ、ゆったりとした移動を楽しめる。省都の貴陽市内から高速道路で南下し、好花紅インターを降りたところまでは実に気持ちのいいドライブだった。ところが、その後の道路がいただけない。

ラブドール仙人の館へと向かう道は厳しい。地域住民のか細いライフラインを支える電信柱が傾いているのもナイスである。貴州省黔南プイ族ミャオ族自治州にて ©安田峰俊

 省道101号線(日本の県道に相当)を名乗るにもかかわらず、路面は未舗装で凹凸が激しく、場所によっては泥土でぬかるんでいる。道幅が狭い箇所では、対向車とすれ違ったり、牛を引いて歩いている地元の少数民族の農民を追い抜かしたりするのも至難の技だ。2018年の中国とは思えない場所である。

紀伊半島似の田舎に住んでいたラブドール仙人

「わわわ、水だ! オレの車が沈む、マジで沈む!」

 道路の真ん中が大きく凹み、もはや水たまりではなく沼になっていた。タイヤの3分の2くらいまでが水に沈み、運転手が本気で焦っている。こんな場所で車がエンコしたら、救援がいつ来るとも知れない。

 そんな道なき道を進み続けること1時間。家屋のレンガ壁に文化大革命のスローガンがまだ残っているような辺境の農村を越え、野を越え山を越えてジリジリと前進する。

 貴州省は温帯気候で水が豊かな土地であり、樹木の植生や山肌に広がる棚田などの景色は日本の紀伊半島あたりの田舎とよく似ている。地元の少数民族には歌垣に似た風習もあるらしい。漣江という長江の支流の上流に沿って南下を続け、ようやく仙人の自宅に到着した。