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連載読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

フェミニズム批評――読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

 子供を産んでから、働くことへの罪悪感があった。

 どんな仕事をしていても「子を置いて」という枕詞がつき、自分は駄目な母親なのではないかという疑問が付き纏っていた。

 あんなに幼い子供を預けて、母親が働きに出ても良いものなのだろうか。

 後ろめたさから、仕事をしていることを世間に隠していることすらあった。

 実際のところ、私は産後二ヶ月で仕事に復帰していた。

 二ヶ月というのは、平均的な育休期間に比べるとかなり短い。

 所属するバンドの事務所やメンバーからは、体調をみながら大丈夫になったところで復帰すれば良いと言われていたけれど、私の体調はとても順調で、二ヶ月が経つ頃にはほとんど妊娠前と変わらない状態になっていた。

 全く運動をしなかった妊娠期間のせいで、やや体力が落ちたとは感じていたが、体重が少し増えたことで妊娠前よりよく眠れるようになったという利点もあり、私は概ね元気だった。

 これなら頑張れそうだ。

 そう思えた時に、仕事をすることを応援してくれたのは、夫や母などの家族たちだ。

「貴方にしか出来ない素晴らしい仕事だから、頑張りたかったら頑張ったらいいよ。幾らでもサポートするからね」

 そう言って背中を押して貰って、私は久しぶりに家の扉を一人で開けてリハーサルスタジオへと向かった。一ヶ月後には全国ツアーを控えていたので、その練習をする為だ。

 すると、久しぶりに会ったスタッフから第一声に、「子供は大丈夫なの?」

 と聞かれたのだった。

 大丈夫とは、どういう意味だろう。

 私は突然胸に刺さった矢のような質問を、引き抜くことが出来ずに立ち止まった。

 大丈夫とは、そんなに小さな子供を置いてきて大丈夫なの?という意味だろうか。母親がそばにいなくて大丈夫なの? という意味だろうか。離れていたら母乳をあげられないけど、大丈夫なの?という意味だろうか。大丈夫の意味を考えるたびに、胸から血が流れていった。