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橘 玲
2016/08/16

「貧困報道」は問題だらけだ

旬選ジャーナル 6月8日~、東洋経済オンラインで連載(筆者=鈴木大介)

source : 文藝春秋 2016年9月号

genre : ニュース, メディア, 社会

橘玲氏

「貧困を生み出すのは社会なのか、自己責任なのか」は不毛な議論の典型だ。一般に「リベラル」を自称するひとたちは、貧しきひとびとは純真無垢で、差別や拝金主義が悪の根源だという物語を好む。それに対して保守派からネトウヨまで、こうしたきれいごとにうんざりしているひとたちは、生活保護受給者を「ナマポ」と呼んでバッシングする。

 だが両者には、実は共通する前提がある。それは、社会の底辺にいるのが「ふつうのひと」だというものだ。

 私やあなたと変わらない「ふつうのひと」が貧困に苦しんでいるのなら、その原因は本人ではない別のもの、たとえばグローバル資本主義にあるにちがいない。あるいは、彼らは私たちと同じなのに、怠けて働かないから貧しいのだ――。

 それに対して、若者や子どもを中心に日本の貧困を取材してきたジャーナリストの鈴木大介氏は、これまで日本の社会で「言ってはいけない」とされていた事実を指摘する。

――ひとは貧乏でも充実した人生を送ることはできる。だが未来になんの希望もなく、わずかなカネのために法を犯すことも、身体を売ることも厭わない最貧困に陥るのは「ふつう」ではないからだ。

 貧困の背後には「3つの障害」があると、鈴木氏はいう。それは「知的障害」「発達障害」「精神障害」だ。彼らはこの障害のためにまともな職に就くことができず、働いたとしても長続きせず、友人や知人はもちろん家族からも見捨てられて都会の汚濁の最底辺に沈殿していく。

 だが彼らの困難は、身体的な障害や重度の精神疾患のようには可視化できない。だからこそ私たちは、リベラルも保守派も、この不愉快な現実から目をそむけて自分に都合のいい物語に固執するのだ。

 東洋経済オンラインで鈴木氏の連載が始まったが、その第一回で描かれる「最貧困女子」は、自称二十八歳、体重八〇キロ、破壊的なメイク、膝上スカートのロリータ服で、約束の時間から四〇分遅れて現われた。彼女の収入源は援デリと呼ばれる格安売春で、都内の業者が暗黙で決めた最低価格二万円を大きく割り込む一万二〇〇〇円でしか客がつかず、無断遅刻の常習でリピート客もゼロだ。それでも業者が彼女を雇っているのは、ほかの女の子の誰もが嫌がる客でも大丈夫な「ホークちゃん」だからだ。これは、マンガ『七つの大罪』に登場する残飯処理部隊のブタのことだという。

 この圧倒的なリアリティを前にして、「悪いのは社会か、自己責任か」という議論は意味を失う。

 それが遺伝的なものなのか、親の虐待のような後天的なものかは別として、彼ら/彼女たちが社会に適応できないのは、脳のトラブルによって「ふつう」には生きられないからだ。そしてこれが、福祉が最貧困の若者を救済できない理由にもなっている。仕事とはいえ、一介の公務員=家庭人が3つの障害を持つ彼らとつきあうのはものすごく面倒くさいのだ。

 こうして貧困のセイフティネットは、ヤクザや売春業者など彼らを搾取しようとする者たちによって提供されることになる。なぜなら、搾取するためには生かしておかなければならないから……。

 鈴木氏は驚くべき情熱と忍耐力で3つの障害を持つ最貧困層を取材し、無理を重ねて四十一歳で脳梗塞で倒れた。だが自らも脳に障害を負ったことで、「ふつうでない」彼らがどのように社会から脱落していくのかがはじめて実感できたという。その経緯を書いた『脳が壊れた』(新潮新書)は、高次脳機能障害の闘病記としてだけでなく、家族の再生の物語としても勧めたい。

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