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にじみ出る天皇・皇后両陛下のお人柄

『随行記 天皇皇后両陛下にお供して』 (川島裕 著)――鼎談書評

source : 文藝春秋 2016年10月号

genre : エンタメ, 読書

 

山内 2007年から15年まで侍従長を務められた川島裕(ゆたか)さんによる、天皇・皇后両陛下の旅の記録です。ヨーロッパ歴訪やサイパン・ペリリュー島の慰霊の旅、そして東日本大震災の被災地ご訪問など、行かれた先々で陛下がどのようにお考えになり、何をおっしゃったのか、我々ではなかなか窺い知れない陛下の佇まいが自然に浮かび上がる、たいへん貴重な1冊になっています。

 8月8日にあった「お言葉」で改めて天皇の在り方について考えた人も多いと思います。この本を通してわかるのは、最初から象徴天皇として地位に就かれた現天皇が、「象徴とは何なのか」を日夜模索してこられたことです。天皇・皇后両陛下ともに、よく「国民に寄り添って」とおっしゃられますが、これは単純に慰霊の旅や被災者たちのお見舞いに行かれる行為だけを示すのではないと本から浮かび上がってきます。ご自身が体験していない苦しみや悲しみを本当に共有できるのか、ひじょうに深く考えていらっしゃいます。

 川島さんはそれを「気」という言葉で表現し、「悲しみの『気』を心の中に擁したまま、その後の生活を続けておられるものと思う。(中略)慣れるということの決して出来ない辛いお仕事を、それでも、そこに行って、その人たちの側にあることをご自分方の役割としてなさっているように拝察している」と書いています。「気」を介して、人々の苦しみや悲しみに同化する――、これこそが、両陛下の言われる「寄り添う」という意味だと思われますね。天皇は国事行為として定められた法的行為だけ果たせばよいと考える人もいますが、それでは国民に寄り添うことにはならないのです。

後藤 東日本大震災の被災地に何度も足を運んでおられる。私の乏しい体験でも、現地に入ると否応なく覚えるのは「何ができるのか」「自分は何者なのか」という問いです。天皇・皇后両陛下の発言から忖度して受け取れるのは、慰問も辛い役目ではあるが、「人々の傍に出向いて共にあることが自分たちの役割」と考えておられることです。感性において優しい人だと思えますね。天皇は少年期に戦争と敗戦を体験し、一般社会とは離れた環境下ではあれ、新しい価値観のもとで大きくなられた。戦後の民主主義を大切に考えるリベラルな人であるように思えます。

片山 1945年までは現人神であり、ご聖断によって敗戦も決断された政治的な存在でもあった昭和天皇と違い、今上天皇はまさに「戦後民主主義の申し子」として生まれた天皇です。昭和天皇はいわゆる「人間宣言」で、天皇陛下と国民とは相互の信頼と敬愛によって結ばれた形で存在するとおっしゃいましたが、今上天皇は、国民の前になるべくお出ましになってコミュニケーションすることが象徴天皇のあるべき姿だと考えられているのだと思います。ただ存在するのではなく、できるだけ国民に寄り添い、“共感共苦”する。この本はその実践の記録としても読むことができます。