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国境なき医師団・看護師と新聞記者・望月衣塑子が語る「日本人と紛争地」

白川優子(国境なき医師団看護師)×望月衣塑子(東京新聞記者)

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「あえて殺さず」片足だけを撃つイスラエル

望月 本当に悲しいニュースです。白川さんの本には、イスラエル軍に撃たれる若者の姿も描かれていましたね。

白川 はい、デモ活動をする若者たちに対して、イスラエル側は警告の意味を込めて片足だけを撃つ。だから、私たちの病院には、松葉杖の若者が多かったんです。誤解を恐れずにいえば、「あえて殺さない」というイスラエル側の姿勢ですよね。

望月 しかし、いまは容赦なく撃つ。その変化の背景には、国際社会の様々な思惑や、各国のパワーバランスが関わっているのでしょう。いずれも、市民には関係のない話です。こうした事実に接していると、「イスラエル憎し」になりかねませんが、白川さんの本では、意外なことが書かれている。

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「ブルドーザーで右から左によけられる死体」

白川 イスラエルを訪れた時の話ですね。「国境なき医師団」を代表して、中立の立場で活動するんだけど、そこは人間なのでイスラエルに対してネガティブな思いが強くなった時期があったんです。

 でも、パレスチナ側で活動していた際、休暇中に思い切って壁を越え、イスラエルに入ってみた。ホロコーストミュージアムに行きました。ユダヤ人の迫害の歴史を知っていたつもりだけど、あそこまで生々しい実録映像をみるのは、ショックでした。大量に積まれた死体を、ブルドーザーで右から左によける。死体がごろごろしていて、みんな痩せこけていた。そういった写真が何万点もあった。ユダヤ人の迫害の歴史に触れ、彼らが土地に執着する理由が分かった。

 ただし――。だからといってガザ空爆を正当化できません。これだけの痛みを体験し、その悲劇を語りついできた民族がなぜ現代になって、迫害する側に立つのか。とにかく混乱してしまいました。このケースに限らず、現場では感じる感情の多くは、整理できるものではない。それだけこの世界は複雑で、様々な軋轢もあります。

 一つ言えるのは被害に遭うのはいつも市民ということ。私は彼らに寄り添って仕事をしたいと思っています。たとえ医療態勢が十分でなくとも、傷ついた彼らの手を握るだけでも、救えるものはあると思っています。

望月 その言葉を聞いて、なんだか納得できました。白川さんが本格的に英語を学びだしたのは20代後半で、「国境なき医師団」に入ったのは30代も半ばを過ぎてから。回り道にみえるけど、一般常識などお構いなしで白川さんはただただ前に進んでいく。何が白川さんを突き動かしているのかと思っていましたが、今その信念のようなものに触れることができた気がします。失礼な言い方だけど、頭ではなく、気持ちで動く人だろうな、と本を読んで思っていたんですよ。

 

白川 それを言ったら、望月さんだってそうでしょう。官邸取材だって、もっとスマートな方法はあるのに、正面突破しようとして睨まれている。そのあたりは損得ではなく、真実を明らかにしたいという、望月さんの気持ちなんじゃないですか。

望月 結局、私はたいして文才もないですし、新聞記者としてはどの程度の実力があるのかなとよく思うこともあるんです。それでも、なぜここまで続けてこられたかといえば、結局、「思いの強さ」ですよね。横道にそれたり、リスクを背負うことはあっても、それでも進み続けようという思いは常に持っています。

白川 私もそう。今後も取材活動、頑張ってください。

望月 白川さんもお身体にはくれぐれも気をつけてください。またどこかでお会いしましょう。

写真=志水隆/文藝春秋

望月衣塑子(もちづき・いそこ)/1975年、東京都出身。慶應義塾大学法学部卒。東京新聞記者。千葉、埼玉など各県警担当、東京地検特捜部担当を歴任。社会部でセクハラ問題、武器輸出、軍学共同、森友・加計問題などを取材。著書に『武器輸出と日本企業』、自らの四半世紀を綴った『新聞記者』など。

 

白川優子(しらかわ・ゆうこ)/1973年、埼玉県出身。坂戸鶴ヶ島医師会立看護専門学校卒。Australian Catholic University(看護科)卒。日本とオーストラリアで看護師の経験を積み、2010年に「国境なき医師団」に初参加。シリア、イエメン、イラク、南スーダンなど、これまで17回の派遣に応じてきた。著書に『紛争地の看護師』。

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