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野口 悠紀雄
2016/12/16

強いヒロインの魅力

『IT』『シャーロック・ホームズの思い出』『坂の上の雲』

source : 文藝春秋 2017年1月号

genre : エンタメ, 読書

野口悠紀雄氏

スティーヴン・キング『IT』は、小学生のヒロイン、ベヴァリー・マーシュの魅力に支えられている。アイリッシュ・アメリカンの貧しい家庭の生まれだが、勝気で義侠心が強く、美人。キングの作品の中で、もっとも強い光を放っている。

 クライマックスは、地下の世界で魔物ITと対決する場面。子供たちの唯一の武器はパチンコだ。しかし、玉はもう尽きた。彼女は、玉のない紐を引き絞って魔物に立ち向かう。

「映画化してほしくないし、されても見たくない」小説がある。イメージを壊されたくないからだ。『IT』もその一つ。ところで、彼女は、キングの『11/22/63』にも登場する。タイムスリップした世界で、ボーイフレンドと公園でリンディーホップダンスの練習をしている。これは、ITを撃退した直後の日の情景だ。これを読んで、キングのファンは卒倒しそうになる。

 経済学者はシャーロック・ホームズが好きだ。中でも、「白銀号事件」。「事件があった夜、犬が吠えなかったか?」というホームズの問いに、警部は当たり前のように「吠えなかった」と答えるのだが、ホームズはそれが不思議だと言う。あって当然なのになければ、それが問題を解くカギだ。素人は「存在しているもの」に目を奪われるが、プロは「存在しないもの」に注目する。かつてクレムリンウオッチャーは、革命記念日のレーニン廟に誰がいないかを注目した。では、いまの日本で「存在していないもの」は何か?

 日本の歴史は、日本海海戦の日にピークに達し、それ以降下る一方だと私は思っている。この見方によると、司馬遼太郎『坂の上の雲』で描かれているのは、日本の歴史のクライマックスだ。この海戦で負けていたら、日本の歴史は悲惨なものになったろう。しかし、ひねくれた見方をすると、あれほどのパーフェクトゲームでなければ、日本人は自己陶酔に陥ることはなく、したがって、その後の歴史はもう少しましなものになっていたのではあるまいか?

IT〈1〉 (文春文庫)

スティーヴン キング (著),小尾 芙佐 (翻訳)

文春文庫
1994年12月 発売

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シャーロック・ホームズの思い出 (新潮文庫)

コナン・ドイル(著),延原 謙(翻訳)

新潮社
1953年3月12日 発売

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坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)

司馬 遼太郎(著)

文藝春秋
1999年1月10日 発売

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