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平松 洋子
2016/06/15

アニミズムの世界を堪能

『ウナギと人間』『夢の歌から』『地震雑感/津浪と人間』ほか

source : 文藝春秋 2016年7月号

genre : エンタメ, 読書

 

面白い! ウナギという謎めく存在を探る長編ノンフィクション『ウナギと人間』。アメリカ人の著者はニューイングランドで育つうち、ウナギの魅力に取り憑かれた男。その不思議に迫るべくアメリカ各地、ニュージーランド、日本、ポンペイ島…世界中を旅する。とりわけ圧倒されるのは、マオリ文化におけるウナギの普遍的な意味。「タニファ」、つまり守護神と位置づけられ、「ウナギが動くとき、ウナギは生命の道を残していく」。世界の終わりまで生き残ると信奉するウナギを、彼らは罠をかけて獲り、燻製にして食べる。自由な思考と想像力を駆使して描き出される、ウナギと人間のアニミズムの世界にぞくぞくする。

 津島佑子の最後のエッセイ集『夢の歌から』。東日本大震災と福島第一原発事故が起きて以来、盟友、中上健次ならどんな言葉を発しただろうと考えることが多くなったと書く。目前の現実から目を逸らすことなく表明する哀しみ、怒り、戸惑い。今の日本で小説を書く人間として、自分に何が書けるのか、かくも厳しくみずからに問うていた。その人となりと生きる姿勢に打たれる。

『地震雑感/津浪と人間』は、物理学者、寺田寅彦による「国防」と警告の書。人口に膾炙した「天災は忘れた頃にやってくる」は、著者寺田寅彦による。科学の発達は「過去の伝統の基礎の上に時代時代の経験を丹念に克明に築き上げた結果」、歴史と経験に学べ、と繰り返し説く言葉が重い。「来ることは来るということだけは確かである」

 木内昇『よこまち余話』の余韻から、しばらく抜け出せないでいた。長屋に暮らす針子の齣江。向かいに住む皮肉屋の老婆トメ。魚屋の次男、浩三は長屋の人々を通じて異界と出逢う。一編ずつ、時空間の揺らぎとともに深みに嵌ってゆく感覚に何度も鳥肌が立った。わずか幅一間ほどの路地があやかしの世界に変わる。

 岡崎武志『ここが私の東京』は、古本を渉猟しつつ、東京という迷路を歩き続けてきた著者の佇まいがゆらゆら立ち昇る。出久根達郎の月島、庄野潤三の石神井、司修の赤羽モンマルトル、友部正人の阿佐ヶ谷など、敬愛する人物と東京との関係を読み解き、上京二十七年目の自身の来歴を綴って昭和の佇まいが色濃い。

 山下賢二『ガケ書房の頃』の叙情が胸に刺さる。かつて京都にあったガケ書房は、外壁から車が飛び出した衝撃的な外観だった。開店に至るまでの青春の日々、個性際立つ書店に込めた心情、閉店までの想い。切なくて、清々しくて、誠実な文章に惹かれる。私は、かつてガケ書房の片隅で赤い函入りの『レミは生きている』を見つけた瞬間の風景が忘れられない。ガケ書房はそういう書店だった。

 坂本葵『食魔 谷崎潤一郎』。谷崎と食との隠微な関係を明るみに引きずり出し、エロくてぞくぞくする。谷崎作品の読者としてその性向や行状は承知していても、「食魔」の名のもとに暴かれる業の深さはただごとではない。人間探究の一冊でもある。

 煩悩に溺れそうになったら『禅の教室』。曹洞宗の僧、藤田一照に、仏教に目覚めた詩人、伊藤比呂美が座禅をテーマに迫りまくって無類の面白さ。両者による言葉のちからが、仏教の世界を明快に解き明かす。

『ではまた、あの世で 回想の水木しげる』は、水木しげると何度も旅をしたノンフィクション作家による人物素描。日を追うごとに高まる水木しげるへのなつかしさの理由を教えてくれる一冊だ。

 本稿の締め切り直前、『須賀敦子の手紙』を手にして感無量。紹介せずにはいられない。一九七五年から二十二年間にわたって書かれた五十五通の直筆の手紙を掲載。丸みを帯びた青インクの文字によって、須賀敦子が須賀敦子自身を語りかけ、想いあふるる。「いつまで書いてもきりがないから、今日は清くわかれましょう。さよなら」

01.『ウナギと人間』 ジェイムズ・プロセック 築地書館 2700円+税

ウナギと人間

ジェイムズ プロセック(著),小林 正佳(翻訳)

築地書館
2016年5月11日 発売

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02.『夢の歌から』 津島佑子 インスクリプト 2700円+税

夢の歌から

津島佑子(著)

インスクリプト
2016年4月22日 発売

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03.『地震雑感/津浪と人間』 寺田寅彦 中公文庫 476円+税

地震雑感/津浪と人間 - 寺田寅彦随筆選集 (中公文庫)

寺田 寅彦(著)

中央公論新社
2011年7月23日 発売

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04.『よこまち余話』 木内昇 中央公論新社 1500円+税

よこまち余話

木内 昇(著)

中央公論新社
2016年1月22日 発売

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05.『ここが私の東京』 岡崎武志 扶桑社 1600円+税

ここが私の東京

岡崎 武志(著)

扶桑社
20164月10日 発売

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06.『ガケ書房の頃』 山下賢二 夏葉社 1800円+税

ガケ書房の頃

山下賢二(著)

夏葉社
2016年4月15日 発売

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07.『食魔 谷崎潤一郎』 坂本葵 新潮新書 760円+税

食魔 谷崎潤一郎 (新潮新書)

坂本葵(著)

新潮社
2016年5月13日 発売

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08.『禅の教室』 藤田一照、伊藤比呂美 中公新書 860円+税

禅の教室 坐禅でつかむ仏教の真髄 (中公新書)

藤田 一照(著)

中央公論新社
2016年3月24日 発売

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09.『ではまた、あの世で 回想の水木しげる』 大泉実成 洋泉社 1500円+税

ではまた、あの世で 回想の水木しげる

大泉 実成(著)

洋泉社
2016年3月23日 発売

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10.『須賀敦子の手紙』 須賀敦子 つるとはな 2850円+税

須賀敦子の手紙 1975―1997年 友人への55通

須賀 敦子(著)

つるとはな
2016年5月28日 発売

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