昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

ザコシショウが明かす「パンツ一丁はタモリさんへのオマージュ」

テレビっ子・ハリウッドザコシショウさんインタビュー #2

 ハリウッドザコシショウさんがR-1でチャンピオンを獲った、黒パンツでの「誇張ものまね」。そのネタに行き着くまでに高校時代からの相方とのコンビ解散、『あらびき団』でのヒットと苦労があった。そしてパンツ一丁になったとき、ひらめいたのはタモリさんの芸だった。(全3回の2回目/#1#3

ハリウッドザコシショウさん

「すぐ売れる」はずがコンビは解散

―― お笑い芸人として活動し始めたとき、どんな将来像を描いていましたか。

ザコシショウ 「すぐ売れる」と思っていましたね。ダウンタウンさんとかウッチャンナンチャンさんが全盛のときで。あの人達はデビューして2、3年で売れましたもんね。だから当時組んでた「G★MENS」もそのくらいで売れるなって思っていたんですけど、全然売れなくて。コンビは解散しちゃうし、どうしようかと思いましたね。絵が上手いからコンビのネタを4コママンガにして持ち込んだら、編集者に「こんなつまらないのは見たことがない」「お笑いのビデオとかよく見たほうがいいよ」ってダメ出しされて。いまでも腹立ちますね、『コミックバンチ』のあの担当者。ハハハ。

―― 初めてテレビに出たのはどんな番組でした?

ザコシショウ 大阪の関テレの『爆笑BOOING』かな。4組ネタをやるんですけど、審査員でもあるお客さんがいて、「BOOING」カードを10枚挙げられたらそこでネタ終わりってやつですね。たとえば『爆笑オンエアバトル』だと、お客さんの票を集計して、何キロバトル以上だけオンエアですっていうシステムだから、それ以下だと、敗者コメントしか放送されない。でも『爆笑BOOING』が良かったのは、落ちるまではネタをやらせてくれるんです。面白いけどお客さんと合わなくて落ちるっていう人もいるじゃないですか。僕らは『爆笑BOOING』でずっと落ちていたんですよ。でも一部の人の爆笑をとって落ちてた。だから落ちても人気がちょっとついてきたんですよ。

「しょんぼりして!」爆笑オンエアバトルでの挫折

―― 部分的にネタが放送されるから面白さが伝わるわけですね。

ザコシショウ 『オンエアバトル』は、落ちたらもう永遠になにもないんですよね。敗者コメントのときは「しょんぼりして言って」と。そこでちょっとギャグかますと、「違う。そういうのじゃない」って、しょんぼりを強要されるんです(笑)。いや、番組を批判しているわけじゃないですよ、本当に。そういうシステムだからもうしょうがない。でもせっかく出たんだから爪痕残したいじゃないですか。

―― 『オンエアバトル』どのくらい出たんですか。

ザコシショウ 2回です。G★MENSで1回、ハリウッドザコシショウで1回なんですけど、どっちも落ちて。受かったことないですね。だから、ああいう番組がいまあってもたぶん落ちる。よく『R-1(ぐらんぷり)』優勝したなと思います。ハハハ。

この記事の画像