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人生の大半を監獄で過ごした壮絶な記録

『監獄と流刑 イヴァーノフ=ラズームニク回想記』 (松原広志 訳)――鼎談書評

source : 文藝春秋 2016年9月号

genre : エンタメ, 読書

 

山内 帝政時代からスターリン時代まで40年余りの間に何度も投獄されたロシアの作家、イヴァーノフ=ラズームニクが、経験を克明に記した読み応えのある本です。大学院生時代に彼の『ロシア社会思想史』をゼミのロシア語講読で読んだこともあり、懐かしさもあって手に取りました。春にロシアを訪れ、もう一度ロシア文学に触れたいと思ったのもきっかけです。しかも今回のゲストはドストエフスキーの翻訳者の亀山さん。いろいろ伺えるのが楽しみです。

亀山 あまりの厚さに読み通せるか最初は不安でもありましたが、読み始めると止まりませんでした。

山内 もともと物理を志していたラズームニクは、途中で文学へと方向転換をします。日本でもそうですが、ロシアではスターリン体制下でも物理学や数学を修める人間は特権的に保護されていました。それなのにラズームニクは文学や哲学に関心を持ち、いちばん粛清されやすい立場に身を置いてしまう。恩師にも「お前はバカだ」と言われる場面が出てきます。

 しかも彼は、帝政時代には反体制運動にかかわったとして投獄され、ロシア革命の後、スターリン体制の下でも政治的に好ましくないとして投獄され続けるという二重に悲劇的な人生を送る。入党して活動した経歴もないのに不条理極まりない。特にルビャンカにある未決監獄の描写は迫力があります。約20平方メートルのスペースに60人が押し込められる「犬舎」は耐え難い温度と湿度で皮膚病が蔓延し、60人の呼吸により恒常的に炭酸ガス中毒に苦しめられる。いっぱいになった用便桶は、溢れて石の床へと流れ出す。ここと比べれば、他の監獄はまるで天国だとまで書いています。想像するだけでもおぞましい。

ドストエフスキーは生ぬるい

亀山 ロシアではドストエフスキーの『死の家の記録』など、収容所での生活を描いた作家が多くいますが、なかでももっともすぐれて緻密な記録を書いた作家として、今後長くラズームニクの名は残っていくであろうと感じました。彼の経験に比べれば、ドストエフスキーなんて生ぬるい(笑)。

 私はこういった「収容所文学」が好きなのですが、そこで大切なのは「光度」、つまり悲惨な状況下でいかに光を感じさせるかだと考えています。光度が曖昧だと、文学としての価値が危うくなる。その点で、ルビャンカに送られる前、モスクワのブティルカで囚人たちが「文化啓蒙サークル」を作って、夕食と就寝の間に講義を行なったり、語学を学んだりする情景は素晴らしいと思いました。“シャバ”で得た自分たちの記憶をもう一度甦らせることで命をつないでいく。収容所の中で見られる、生命の輝きですね。ラズームニク自身は、おそらく文学を意識することなく記録に徹していますが、それがかえって迫真性を高め、文学としての価値となっています。

片山 帝政時代、レーニンの時代、スターリンの時代と、入獄を繰り返し、その詳細な記録が積み上げられている点でも、特別な収容所文学ですね。ひとりでこれだけ幅広な時代の監獄を体験するとは凄すぎる。帝政期の学生時代の最初の投獄では、作曲家、リムスキー=コルサコフの一家から果物籠の差し入れがあったり、合唱したり、楽しげなくらいで。ところがソ連時代に入ると目も当てられなくなる。最後は独ソ戦勃発で混乱する中、ナチス支配地区への逃亡に成功しますが、そのくだりも苦難の連続。日本敗戦後の中国で国共内戦下を飢餓状態に追い込まれながら逃げ惑った日本人たちの記録を彷彿とさせます。よく途中で命を失わなかったなと嘆息が出るのみで。

亀山 1901年から44年までですから、ソルジェニーツィンの『収容所群島』とはひと味違う。

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