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特集集まれ「インターネット老人会」

ネット黎明期に日本とロサンゼルスを結んだE-mail

集まれ「インターネット老人会」――読者投稿作品

2018/09/16

 文春オンラインでは、「集まれ『インターネット老人会』」特集に合わせて、読者からのエピソードを募集しました。その中から佳作として入選した作品3本を掲載します。

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世界と繋がっていると体感

「インターネット」が注目を浴びたのは、1995年1月17日に発生した「阪神・淡路大震災」だったと思う。電話回線とは別のサービスであるインターネット専用回線は、それほど被害が無かったらしく、震災発生後の現状をいち早くインターネットで情報発信したという報道が今でも記憶に残っている。

大きな被害のあった1995年の阪神・淡路大震災 ©iStock.com

 この時「インターネットに専用回線で(常時)接続しているのか」と私は思った。

 世の中が、世界と繋がっているインターネットを徐々に体感し始めたのがこの頃だ。

 当時私は31歳で、大阪のある私立短大事務局に勤務しており、前任者がBASIC言語で一から全て構築した「教務システム」の後任者として、入力オペレーターの他に、プログラムのメンテナンスも担当出来るようになっていた。

 短大がインターネットに参加することになり、開通する為には、アジアのドメイン名を管理しているJPNICという組織へ、これからE-Mailとして使用するユニークな「ドメイン名」を申請し許可を得なければならない。

予算の都合上、常時接続の専用回線は諦め……

 現在ドメイン情報は、JPRSのWHOISという検索サービスで誰でも調べられる。例えば「ドメイン名だけ取得しまだ接続していない」という場合もここで確認出来るのだ。

 WHOISで調べてみると、ドメイン名が取得出来たのが1994年8月1日で、その後ORIONS(大阪地域大学間ネットワーク ※2000年に廃止)と接続を開始したのが1995年2月13日だった。

 当時、大阪大学内にインターネットプロバイダーとして「ORIONS」があった。予算の都合上、常時接続の専用回線は諦め、電話回線を使いモデムで1時間に1回、中古のUNIXサーバでUUCPプロトコルを使いORIONSと無事インターネットに参加することが出来た時は嬉しかった。

 E-mail(電子メール)の送受信やNetNews(電子掲示板)の購読、投稿が出来ようになると、パソコンにモデムを付けて、構内の内線網4本を確保しUNIXサーバに接続出来るようになった。

「知り合いから写真(画像)が送られて来たが開けない」という問い合わせがあり、調べてみるとjpg画像のサイズは2MB位で、フロッピーディスク2枚の内、ドライブAには通信ソフトを、ドライブBにはデータを保存する仕様だったが、当時のフロッピーディスクの容量は1.4MBだったので、ダウンロード途中で保存領域が足りずに失敗したのが原因だった。

フロッピーディスクの容量は1.4MB ©iStock.com

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