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西川 美和
2016/10/31

【この人の月間日記】カープ愛への「永い言い訳」

四年振りの映画完成と、二十五年振りの歓喜の瞬間

source : 文藝春秋 2016年11月号

genre : ビジネス, 働き方

西川美和氏

八月二十六日(金)

 八月後半から、四年ぶりに撮影した映画『永い言い訳』のプロモーション活動に突入し、今日は主演の本木雅弘さんと女性誌の取材を受ける。四十代中心の読者から寄せられた、夫婦をテーマにした質問に答えるのだが、私は結婚生活を送ったことがないのでほとんど申し上げるべきこともなく、結婚生活二十年を超える本木さんの含蓄ある言葉に感心してばかりだった。なにより読者の相談が難しい。「夫から『これから帰る』とメールが来るとイラっとするのですが、どうしたらいいですか」。新婚の頃は「帰ってくると一言言ってほしい」だったはずが、時間の経過とは恐ろしいものだ。印象に残ったのは「夫婦はお互いが向き合うより、同じ方向を見た方がいい」という本木さんの言葉で、ご本人も夫婦の距離感を大切にしているそうだ。

出演者たちと(本人は右から2人目)

 今回はじめてご一緒した本木さんは、出演作やCMから受けるストイックなイメージが強く、撮影に入る前はコミュニケーションを取るのがたいへんそうだと少し緊張していた。ところが実際はとても人懐っこく、こちらが「何か不安なことはないですか」と訊ねる前に、「監督!」と話しかけられ、役に対して悩んでいること、不安に思っていることを、豊富な語彙を交えながら延々としゃべる。会話というより自問自答に近い。私は長年ひとりきりで脚本を書き、映画を作ってきたので、いざクランクインしてからも「この作品をおもしろいと思っているのは、実は私だけなのではないか」と不安が拭えない。淡々と無骨に仕事をこなすスタッフが多いなか、本木さんが私のように、いや、私以上に不安がっているのを見て、何度救われたことか。ワンテイク撮る前に膨大なディスカッションが必要というたいへん手がかかる役者さんだが(笑)、しゃべり続ける本木さんの姿からは、この作品をよくしたいという思いがひしひしと伝わってきてありがたかった。

©2016「永い言い訳」製作委員会

 あれだけ端正な外見を持ち、十代からこの世界で活躍してきただけに、本木さんはいつも「他人が自分をどう見ているか」を異常なまでに意識している。いってみれば「自意識のマトリョーシカ人形」で、剥いても剥いても自意識の塊(笑)。でも、ナルシストではなく人に対する垣根は低いので、会った人はことごとく本木さんを好きになってしまう。子役ともすっかり仲良くなっていた。恐るべし、本木雅弘。

八月二十七日(土)

 夏目漱石没後百年にあたる今年、漱石が教師として四年余を過ごした熊本で、熊本が舞台の『草枕』を軸に熊本県立劇場の館長を務める姜尚中さんと対談する。二〇〇七年に漱石の短編『夢十夜』を原作にしたオムニバス映画『ユメ十夜』に参加した縁で声をかけていただいたのだが、姜さんの渋い声にうっとり。

 夜は市内のミニシアター「Denkikan」へ。ここは以前から上映作品のチョイスが素晴らしく、長く市民に愛され続けて来た劇場だ。四月の地震でライフラインが寸断されてやむなく数日休館したそうだが、スタッフの努力もあって早々に上映を再開、『永い言い訳』も十一月からかけてくださるという。

 朝、熊本空港へ向けて高度を下げる飛行機から見た景色には、まだまだ多くのブルーシートが目についた。一日も早い復興を祈りながら、「Denkikan」の館長ご夫妻と夕食へ。