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“憲法違反“な官邸「マンガ海賊版対策」の雑さ加減

残念な「ブロッキング議論」をどう考えればいいのか

2018/09/20
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政府の知財本部が本来やるべきこと

 それがなぜか安倍晋三さんの自民党総裁三選がほぼ確実なものとなり、菅義偉官房長官の総務大臣への横滑りが囁かれる中で、まるで国民の利益や社会の発展を阻害するようなお手盛りの知財本部の駄目な議論を見ていると暗澹たる気分になります。どこまで弛緩しているのか、と。国の根幹である、国民の閲覧情報を検閲できる仕組みを作り、その目的が「違法サイトで漫画を読めなくするためだ」とか、これのどこが戦略なのだと言いたくなります。

 そもそも、知的財産というものは業界が業界としてビジネスに凝り固まった大人が判断するだけのものではなく、新しいアイデアを着想し、それを作り上げていく無数のクリエイターたちのものでもあります。アイデアを保護し、知的財産権を確保するために海賊版サイト対策を議論することそのものは、決して間違いではありません。

 しかしながら、これらの問題はあくまで事業者が個別に対応できる枠内できちんとできる限りのことをやり、犯罪行為は犯罪行為として刑事告訴などきっちりと行い、損害が出ているのであれば海賊版サイト運営者を特定して損害賠償請求をかけながらきちんと潰していくことで対応されるべきです。

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©iStock.com

 むしろ、知財本部が本来戦略としてやらなければならないのは、米欧中と各三極の動向をしっかりと見極めて日本の知的財産やネット戦略、個人に関する情報の取り扱い方針などを固めていきながら、国内では知的財産の源泉となっている若いクリエイターたちの育成や生活の安定、健康保険などの充実も含めた働く環境の整備と、海外では違法サイトの取り締まりだけでなく実質的に不均衡貿易となっている中国でのコンテンツ展開で日本の事業者が不利にならないような外交的な働きかけや手配を行っていくことだと思います。コンテンツ産業に関わる人たちが、健康や家族や介護や教育に憂いなく創作活動へ打ち込める環境を作り、より生産性を高めて国内も海外も日本って素晴らしいクリエイターがいるね、抜群の作品があるねと思ってもらって、買ってもらって産業がより良くなる、税金を多く納めて社会も富み、国家も成長する、そういうのが本来の戦略でありましょう。

実力ある会社は自前で強い法務部門を作って戦っている

 国内では、アニメほかコンテンツ産業を支えるアニメーターの労働環境の悪さや低賃金が問題になっていましたが、いまやこれらの人材は豊富な資金力を運用できる中国の事業者によって草刈り場となり始め、さらに拡張現実(VR)の分野やスマートフォン向けコンテンツでは物量もクオリティも日本企業の劣勢が目立っています。クールジャパンといってコンテンツ力にあぐらをかき、官民ファンドを適当に作って効果のない海外PRを繰り返しては貴重な予算を散財してきたことで、どれだけ多くのチャンスが失われてきたか、また、劣悪な環境で制作に携わってきた人たちが家庭も持てない経済力しか持ち合わせていない現実をどうみるのでしょう。

 海外に目を転じれば、日本の知財の本丸はクールジャパンだマンガだアニメだ邦画だと言っていましたが、一番輸出産業として厚みがあるのはゲーム産業です。おりしも、東京ゲームショウ2018が今日から開催されるわけですけど、日本の知財分野における輸出産業の雄たるゲーム業界は、政府の知財本部を恃むことなどなく、任天堂以下有力な民間各社はコンテンツ面で権利の侵害があったら自らどこへでも乗り出していき、違法サイトの運営者を突き止め、閉鎖に追い込み、被害額を算定して巨額訴訟を現地で起こしたりするのです。本来、それは政府が動くべき部分も少なからずあるものの、政府の能力に見切りをつけた実力ある会社は自前で強い法務部門を作り、海外と渡り合う能力を身に着けています。

 国がやるべきことは、国にしかできないことです。決してクソみたいなファンドを作って赤字を出したり、人のいない広報パビリオンを海外に設置して閑古鳥を泣かせたりということではありません。何より、国内では質の良い雇用を作り、海外では権利を守る。日本のゲームコンテンツだけでなくアニメ、映画を中国で放映するとき、国家が勝手に割り当てて売らせてもらえなかったり放送されなかったりする、これの解決を日本の民間企業ができますか。国対国、政府対政府の話でしょう。じゃあ中国のスマホコンテンツが日本で自由自在に売ることができる環境は、一方的に日本でしか商売できていない日本企業にとって有利に働くと思いますか。

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 これから世界で戦っていかなければならないデータ資本主義が幕を開けるなか、大きなグランドデザインを描くこともなく10年以上にわたる政府の無策が古びた業界の経営者たちによるエゴを放置することになり、結果として今回のような非常に残念なブロッキング議論となり果ててしまったというのは、真の意味で日本政府の至らなさであり改善点の最たるものであろうと感じます。我が国の既存の事業者の損得だけで陳情されて右往左往するのではなく、より長い目で見た知的財産のあり方を考える必要があるでしょうし、より自由な日本社会と、それを享受して花開く日本文化、それが海外で受け入れられて大きな産業としてきっちり法律や仕組みに守られながら育っていくというブループリントを描く必要があるんじゃないでしょうか。

 ブロッキングの法律問題については、知財本部タスクフォースでも昨日も堂々たる議論を展開され、本件の第一人者の一人でもある森亮二先生の整理された資料を是非ご一読ください。また、業界や知財本部で起きた本丸の議論の概観は、昨日ヤフーニュースで私も寄稿しておきました。ご関心のある向きは、お目通り賜れれば幸いです。

ブロッキングの法律問題
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2018/contents/dai3/siryou3.pdf

被害総額盛りすぎ、委員の利益相反疑い… 目を覆うばかりの知財本部TFの迷走(山本一郎) - Y!ニュース
 https://news.yahoo.co.jp/byline/yamamotoichiro/20180919-00097499/

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