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山内 昌之
2016/12/12

日本人による古典

『黒死館殺人事件』『殺人鬼』『荒木又右衛門』

source : 文藝春秋 2017年1月号

genre : エンタメ, 読書

山内昌之氏

 小栗虫太郎『黒死館殺人事件』は、推理小説のみならず日本文学史でも不朽とされる名作である。あるいは最大の奇書かもしれない。広壮な洋館で起きた連続殺人事件の謎解きに名探偵法水麟太郎が挑む。この「黒死館」を所有する降矢木家は、天正遣欧少年使節の千々石ミゲルが、カテリーナ・ディ・メディチの隠し子らしいトスカーナ大公妃ビアンカ・カペルロに生ませた不義の家系につながり、当主の医学博士降矢木算哲の連れてきた西洋人の四重奏団の四人が事件にからむといった奇想天外の問題設定である。

 作品の本領は衒学趣味(ペダントリー)にあるといってよい。法水は、殺人事件に関係ないと思われる神秘主義思想や異端神学から物理学・医学・薬学まで、ありとあらゆる知識を動員する。

 紋章や暗号に関心の深い読者も満足できる仕掛けも随所にこらされており、筋よりも知識の輝きに関心を奪われてしまう大作だ。

 浜尾四郎『殺人鬼』は、ヴァン・ダインばりの本格的推理小説を日本に定着させた作品である。元検事の探偵が推理に基づく捜査を始めて、最後にその結果として真犯人をつきとめる。途中で犯人を推定できても、動機が分からず、読者を最後まで引っ張っていく手法は、推理小説には欠かせない類型の一つだろう。

 長谷川伸『荒木又右衛門』は、若い時代小説家の中にも一度も読んだことのない人がいるかもしれない。私の見るところ、古典中の古典といってよい。伊賀鍵屋の辻での仇討が本筋であるが、その脇に配された登場人物や時代背景の描写が素晴らしい。中間若党から旗本や大名家老に至るまで、すべての人物が活きているのである。その描写は、純文学を目指す若手にも参考になるだろう。池田家家老の荒尾志摩、岡山藩預かりの山野辺右衛門大夫(最上義光の実子)など、小説の冒頭近くに出てくる人物の精細な描写は一挙に読者を引きこむほど。手練れの技はさすがというほかない。

黒死館殺人事件 (河出文庫)

小栗 虫太郎(著)

河出書房新社
2008年5月2日 発売

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日本探偵小説全集〈5〉浜尾四郎集 (創元推理文庫)

浜尾四郎(著)

創元推理文庫
1985年3月 発売

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荒木又右衛門〈上〉 (人物文庫)

浜尾四郎(著)

学陽書房
2002年3月 発売

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