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綿密な取材から読み解く、史上最悪の大統領候補の素顔

『トランプ』 (ワシントン・ポスト取材班ほか 著/野中香方子ほか 訳)――鼎談書評

source : 文藝春秋 2016年11月号

genre : エンタメ, 読書

 

山内 いよいよアメリカの大統領選が11月に迫ってきました。最近の調査ではトランプがクリントンを急激に追い上げ、一部では逆転したとも言われています。ひょっとしたら大統領になってしまうトランプとは何者なのか、その本質が描かれているのではないかと期待して読みました。ワシントン・ポストの記者たちが、小学校の同級生に始まり、トランプと関わった大勢の人びとにインタビューしていて、読み応えは十分です。読めば読むほど、史上最悪の大統領選だという確信は深まるばかりでしたが(笑)。

宮家 留学していた1976年以来40年にわたって大統領選を見てきましたが、これほどレベルが低い選挙戦ははじめてですよ。

山内 メキシコとの間に壁を作るなどトランプの過激な発言が注目を集めていますが、自分の主義や主張を絶対に曲げない点は小さな頃から一貫しています。口に出すのは悪態ばかり。狙った不動産は違法ギリギリの手段で手に入れ、逆らう人間はためらわずにクビにする。経営するアパートに黒人を入居させなかった父親の影響もあるのか、人種差別的な発言も繰り返してきました。

 ただ、トランプの人生を詳細に追っても、政治家を志す理由は見えてこない。本書の多くも、金とオンナの話(笑)。妻と愛人がクリスマス休暇中にリゾート地で出くわし罵り合う場面など、もはやコメディのようでおかしくなりますよ。結婚は3度していて、「離婚と『秘密保持契約』」という章もあるくらいです。トランプほど、好色さが自分の評判を高めると信じている男性も珍しい。

片山 政治家としてはともかく、実業の世界では才能が豊かなのかと思ったら、こちらもほとんど崩壊していることがわかりました(笑)。破産に近い状態から、人気TV番組「アプレンティス」で甦るのですが、視聴率を毎週気にかけ、何をすれば話題になるか熱心に考えるところなど、広告代理店の敏腕営業マンのようでもあります。トランプを凄腕の実業家と信じ込んだ視聴者が、彼を支持しているのでしょう。

宮家 過去半年のあいだにトランプについての本が大量に出回りましたが、おそらくこれほど包括的なものはありません。ワシントン・ポストお得意の調査報道で、編集主幹のボブ・ウッドワードも加わり、一読の価値があります。

 豊富な証言からわかるのは、常にトランプが「どうやったら目立てるか」しか考えていないこと。終章近くに立候補してからの経緯が出てきますが、そのほかの400ページ強に、トランプの政治的資質や信条が読み取れるエピソードは皆無です(笑)。政治家ならば、有権者や支持者の利益のために自分を殺してでも「政治」を行なうのが普通ですが、トランプは常に自己の利益を優先し、人を犠牲にして結果を出す。つまり、彼は政治をやっていないんです。機を見るのは達者ですが、なぜ大統領になりたいのか、最後までよくわからない。

山内 アメリカでいちばんモテた男、J・F・ケネディを超えるには大統領になるしかない、という程度ですね(笑)。

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