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野口 悠紀雄
2016/09/15

EUとマネーの行方

『揺れる大欧州 未来への変革の時』『EU騒乱 テロと右傾化の次に来るもの』『欧州解体 ドイツ一極支配の恐怖』ほか

source : 文藝春秋 2016年10月号

genre : エンタメ, 読書

 

イギリスEU脱退のニュースは、世界に衝撃を与えた。EUの評価やその将来に関して、二つの異なる立場がある。『揺れる大欧州』は、統合の進化と拡大によるヨーロッパ合衆国の実現を呼びかける。形式的なEUの組織とは別に、ドイツを実質的なリーダーとする非公式のEUがあり、市民との距離が広がっている。これを解消するため、直接選挙による大統領制の導入が必要だとする。また、ユーロ離脱は、小国であっても極めて難しいことを指摘する。

『EU騒乱』は、EUの成り立ちを原点の理想や精神構造から説き起こしている。EUの存在自体が一つの価値になっているとする。

『欧州解体』は、これらと正反対の立場。EUは今日の世界では機能不全の構造体であり、根本的な改革か解体が必要だ。ユーロは失敗であり、廃止したほうがEUの先行きは明るくなる。EUが成功するには政府間の競争が重要だ、等の議論が展開される。本書はEUから離脱することの利害得失を論じている。イギリスにとって最も利益になるのは、EUから離脱し、一方でEUと自由貿易協定を結ぶことだ。オランダについても同様のことが言える。私は、こちらの陣営の議論に現実的な説得力を感じる。

「お金」に関する話題が、連日ニュースを賑わしている。そこで「お金」の本を見よう。まずは歴史から。

『貨幣の「新」世界史』は、人類学的な観点から貨幣の歴史を見て、刺激的な議論を展開する。「物々交換は不便だったので、お金が発明された」と言われてきた。アダム・スミスも、『国富論』の中でそう述べている。しかし、実はそうではなく、債務の方が先に広く普及していた。メソポタミアでは、硬貨が発明される何千年も前から負債が存在していた。「債務こそお金の前身だ」と本書は指摘する。『お金の流れで読む日本の歴史』は、歴史の謎をとくカギは「お金」にあるとして、日本史のさまざまな事件を取り上げる。

 フィンテックやブロックチェーン(仮想通貨の基礎技術)に対する関心がこの一年ほどで急激に高まり、関係書が何点も刊行されている。時流に乗ろうとしただけのものもあるし、大きな変革の本質を捉えようとするものもある。

『フィンテック 金融維新へ』は、フィンテックに関する総合的な解説書。フィンテックが一過性のブームで終わることはありえないとし、金融業の「アンバンドル(解体)化」などが進むとする。伝統的な金融機関がフィンテックに対応する際の最大の難関は、「石橋を叩いて渡る」という企業文化かもしれないとする。

 金融には規制が多い。このため、技術的に可能であっても実際には使えない場合が多い。そのため法律の側面に関する知識が必要だ。『FinTechの法律』は、これまで不十分だったこの分野の貴重な参考となる。『ビットコインとブロックチェーン』は、ビットコインの技術的な側面に関する説明。スクリプトの段階にまで遡って詳しく解説している。ブロックチェーンやプルーフオブワークなどの詳しい説明がある。

『中央銀行が終わる日』は、経済的な観点からの分析。銀行券をデジタル化し、それ をブロックチェーンを用いて送れるようにした「デジタル銀行券」を作れば、金融政策の自由度が増す。また、中央銀行が通貨発行権を独占するのでなく、個々の銀行がデジタル銀行券を発行し、競争する世界が実現できる。こうした世界において中央銀行が果たすべき役割は、価値尺度を提供することだとする。

『ロケット・ササキ』は、一九六〇年代に早川電機(後のシャープ)でLSIを用いた卓上計算機の開発を行った伝説的技術者、佐々木正の物語。私の大蔵省時代の上司であった吉岡英一(後の国税庁長官、開銀総裁)は、台北高等学校での佐々木のライバル同級生だったことを本書で知った。佐々木が活躍した時代が日本の最盛期だったことを実感する。

01.『揺れる大欧州 未来への変革の時』 アンソニー・ギデンズ著、脇阪紀行訳 岩波書店 2500円+税

揺れる大欧州――未来への変革の時

アンソニー・ギデンズ(著),脇阪 紀行(翻訳)

岩波書店
2015年10月7日 発売

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02.『EU騒乱 テロと右傾化の次に来るもの』 広岡裕児 新潮選書 1400円+税

EU騒乱: テロと右傾化の次に来るもの (新潮選書)

広岡 裕児(著)

新潮社
2016年3月25日 発売

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03.『欧州解体 ドイツ一極支配の恐怖』 ロジャー・ブートル著、町田敦夫訳 東洋経済新報社 1800円+税

欧州解体

ロジャー・ブートル(著),町田 敦夫(翻訳)

東洋経済新報社
2015年8月28日 発売

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04.『貨幣の「新」世界史 ハンムラビ法典からビットコインまで』 カビール・セガール著、小坂恵理訳 早川書房 2100円+税

貨幣の「新」世界史――ハンムラビ法典からビットコインまで

カビール セガール(著),小坂 恵理(翻訳)

早川書房
2016年4月22日 発売

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05.『お金の流れで読む日本の歴史 元国税調査官が「古代~現代史」にガサ入れ』 大村大次郎 KADOKAWA 1400円+税

06.『フィンテック 金融維新へ』 アクセンチュア 日本経済新聞出版社 1800円+税

フィンテック 金融維新へ

アクセンチュア株式会社(著)

日本経済新聞出版社
2016年6月23日 発売

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07.『FinTechの法律』 増島雅和、堀天子編著 日経BP社 2400円+税

FinTechの法律 (日経FinTech選書)

増島 雅和(著), 堀 天子(著)

日経BP社
2016年6月30日 発売

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08.『ビットコインとブロックチェーン 暗号通貨を支える技術』 アンドレアス・M・アントノプロス著、今井崇也、鳩貝淳一郎訳 NTT出版 3700円+税

ビットコインとブロックチェーン:暗号通貨を支える技術

アンドレアス・M・アントノプロス(著),今井 崇也(翻訳)

エヌティティ出版
2016年7月14日 発売

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09.『中央銀行が終わる日 ビットコインと通貨の未来』 岩村充 新潮選書 1400円+税

10.『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』 大西康之 新潮社 1500円+税