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“親指シフター”作家・高橋源一郎の「生活」と「意見」

2018/09/26

source : 文藝春秋 2010年7月号

genre : ライフ, ライフスタイル, テクノロジー, 商品

 わたしが「富士通」のワープロを最初に見たのは1980年代の半ば頃のことだった。

 それはカメラマンのH氏の家にあった。忘れもしない「100N」という機種であった。

「これはね、ほんとにスラスラ書けるんだよ!」

 H氏はわたしをうらやましがらせるようにいった。

「なんてったって、『親指シフト』だからね! キイボードが他と違うんだよ! すごく、速いんだよ!」

“親指シフター”高橋源一郎さん

 そういうと、H氏は、「100N」のスイッチを入れ、ブラインドタッチでなにやら文章を綴りはじめた。おおおおおおお! なんか、これ、すごいじゃん! ほっ、ほっ、ほっ、し~いよおおおお!

外国の作家みたいに、タイプライターをトントン叩く

 あの時ほど、目の前の機械が欲しいと思ったことは(マッキントッシュの――パソコンじゃなくて――スピーカーのXRT-25を見た時を除けば)、なかった。そうだ。ずっとずっと、タイプライターで書ければいいのにと思っていた。原稿用紙の枡に、文字を一字ずつ埋めてゆくのが苦痛だった。まだ作家としてデビューして数年しかたっていなかったが、原稿用紙を見るだけで吐き気がするほどだった。原稿用紙に下書きして、それから清書、その作業が死ぬほどイヤだった。外国の作家みたいに、タイプライターをトントン叩くのっていいんじゃないかと思っていた。そしたら、もっと楽に傑作が書けるんじゃないかと。そしたらですよ、いつの間にか、タイプライターであり、日本語も打てて、しかも、下書きと清書を同時に出来て、わからない漢字も勝手に変換してくれる、って機械ができるっていうんですよ! ヒィィ!

2018年の現在も親指シフトのキーボードを愛用